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オオカミ王子は負傷する 01

 イザークは、虹色の霧をたえず吹き出す巨大な装置の前に立っていた。


 この霧の向こうは、異大陸へと続いている。古代の高名な魔法師たちが、転移魔法を装置に記憶させたもので、ゲートと呼ばれている。現在では転移魔法を使える人間は絶えてしまったといわれている。

 王国のゲートは四つ存在し、この第一ゲートはその中でも最も古く、そして最も王都に近い場所にあった。


 第一ゲートおよびゲートのある建物周辺の定期点検が、今日のイザークの任だった。


「イザーク様。お客様がお見えです」


 同行していた技師の一人に言われて振り返ると、そこにいたのは、クラウディアだった。

 クラウディアはうつむきがちに、もじもじと両手の指を弄んでいる。


「……何でこんなところに」


 驚いたイザークはクラウディアの目の前までいくが、クラウディアは顔をあげない。


 三日前、イザークはついクラウディアにキスをしてしまった。目の前でほほえんだクラウディアが可愛かった。それだけでふらふらと体が動いてしまった。無論、激しく後悔している。

 それから完全に無視され、家を訪ねても会ってもくれなかったクラウディアが、いま何故かここにいる。


「会いにきたの」


 小さな声で言ったクラウディアは、目を合わせてくれないが、頬がほんのり赤いのがわかる。イザークは内心でうろたえて、それからはっとして周りの視線に気がついた。

 イザークが目を向ければ、数名の技師たちがぱっと顔を逸らす。思い切り様子を窺われているのがわかって、イザークはクラウディアを視線で促した。


「とりあえず、こっちこい」


 ゲートから離れる途中、ちょうど休息から戻ってきた仲間二人と鉢合わせをする。


「イザーク、遅くなった。休憩、代わるぞ……って、クラウディア王女じゃないか!」

「お、本当だ。ラルフの妹だ」


 イザークの後ろでクラウディアがドレスの裾をつまんで控え目に会釈した。


「すみません、少し時間を貰います」


 年上の彼らに対しては、イザークも丁寧に断る。が、二人が途端ににやにやと笑いだしたので、返事は待たずにその側を通り過ぎる。


「ゆっくりしてきていいぞー」


 それを振り返らずに背中で聞いて、イザークはゲートのある建物からクラウディアとともに外に出た。


 ゲートの周辺は、うっそうとした森に包まれている。建物自体に結界をほどこして、使用時以外には決して立ち入れないようになっていた。

 木々の匂いの下で、イザークがほっとして向き直ると、クラウディアは申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい。大事な仕事中に」

「あー……いや、それはべつに。途中で誰かが会いにくるのは、珍しいことじゃねーし」


 妻や恋人。ときには浮気相手が忍んで会いにくることもある。そういうときには皆お互いに、邪魔をしないのが暗黙のルールだった。もちろん、イザークにはこれまでそういう相手はいなかったが。


「……つか、会いに行くつもりだった。今日、これが終わったら」

「いいの。家で話すと、兄様が詮索してくるし」

「……確かに」

「あの、謝りにきたの。何日も無視して、ごめんなさい」


 うつむきがちにしゅんとした顔で言ったクラウディアに、イザークは困り果てた。


「いや、何でお前が謝るんだよ。謝んなきゃいけねーのはオレだし……」

「それをさせなかったのは私だから」

「まあ、そーだけど……」


 イザークは自分の首の後ろを触りながら、ようやく伝えたかったことを口にした。


「……悪かった、よ。急に、あんなことして」


 その言葉を呼び水に、クラウディアはまた顔を真っ赤にした。その様子に、イザークはどうしていいかわからなくなる。


(その顔、反則だろ……)


「わ、私こそ、突き飛ばしちゃったから。乱暴なことをしてごめんなさい」


 早口でまくしたてるように言って、クラウディアは急に背中を向けた。


「それだけ! 帰るわ!」

「ちょ、待てって! まだ――」


 行くな、という言葉は声にならなかった。その台詞が喉から出る前に、背後から強力な気配を感じて、イザークは反射的に振り返った。


「……!!」


 建物の出入り口が、真っ赤に染まっていた。それがこちらに向かって勢い良く吹き出された巨大な火球であると悟った瞬間、イザークはクラウディアを飛びつくようにして抱きしめた。

 咄嗟に発動させた防御魔法で、火球の直撃を受けても、二人は無傷だった。しかし次の瞬間に、イザークの背中を激しい衝撃が襲った。


 一瞬息ができなかった。激痛に顔を歪める。


「イザーク!!」


 紅蓮の炎が木々を焼き尽くしていく中、クラウディアの叫びが響き渡っていた。

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