オオカミ王子と急接近する 04
イザークは、結局それから何も言わなかった。
クラウディアも改めて聞くことができずに、馬車を降りたらそのままイザークの叔父が所有していたという屋敷に案内された。
「言っとくけど、狭いぞ」
鍵を開けたイザークに続いたクラウディアは、綺麗に整った室内に驚いた。
「随分綺麗ね。よく来ているの?」
「いや、年に数回。管理を頼んであるから、掃除はしてもらってる。来る前に連絡も入れたから、必要なものも全部揃えてもらってる」
クラウディアを応接室に通して座るように促すと、イザークはそのままその場を去ろうとする。
「どこ行くの?」
「茶、いれる」
「イザークが!?」
「ここには使用人なんかいねーの」
それだけ言って背中を向けたイザークを、クラウディアは慌てて追いかける。
「……何でついてくるんだよ」
「見たいわ。イザークがお茶いれるとこ」
「つーか、茶だけじゃないけど」
「え?」
「今からメシつくる。つっても軽食だけど」
「ええっ」
再び声をあげたクラウディアには構わずに、イザークは応接室と隣接してあるキッチンへ入る。と思ったら、クラウディアの見ている前でてきぱきと湯を沸かし、クラウディアの前にカップを差し出した。
ほんのりとミントの香る温かいハーブティーを受け取って、クラウディアは目をぱちぱちとさせた。
「あっちで座ってていいけど」
言いながらイザークは、今度はボウルを出して粉にミルクを注いでいる。
「……いえ、ここで見ています」
「何で敬語」
「感動して」
「は? 感動?」
「こんなにおいしいお茶がいれられるなんて。料理ができるなんて。すごいわ」
「…………」
面食らったように動きをとめて、それからイザークは苦笑した。
「お前のその反応がすげーよ」
「どうして?」
「父や継母は、いい顔しない。だからあっちでは、しない」
「そうなの? どうしてかしら……」
「使用人のすることだからって思うんだよ。普通はな」
イザークはボウルに卵を割り入れて、道具を使ってカシャカシャとそれらを混ぜはじめた。
「私は、何でもできる方が良いと思うわ。遠征行くときにだって、役に立つでしょう? 料理人までは連れていけないもの」
「まあ、長い遠征に出た時には結構重宝される」
「そうよね」
答えながらクラウディアの視線は、イザークの手元にくぎ付けだった。それに気づいたイザークが手を止める。
「……やるか?」
「いいの!?」
顔を輝かせて、クラウディアは持っていたカップをテーブルに置くと、イザークの隣に立つ。
「嬉しい。こんなのはじめて。これ何て言うの?」
「泡立て器」
「……イザークがやるみたいに、リズムよくならないわ」
苦心しながらも楽しんでいるクラウディアを、イザークは何も言わずに見守ってくれている。
「お前は、嫌がったりはしないだろうなとは思ってた」
「……何が?」
「こういうこと、すること」
「嫌じゃないわ、全然。楽しい」
「昔からそうだよな。ラルフやアレクにくっついてきて、何でもやってみたがってた」
「そうだったかしら……」
「まあ、くっついてくるしかなかったのもあるよな。友達いなかったからな、お前」
「……今のは聞かなかったことにしてあげる」
普段なら怒るところではあるが、クラウディアを見るイザークの目がなんとなく優しい気がして、クラウディアは小さく頬を膨らませるにとどまった。
ひとしきり楽しんで、ボウルをイザークに返すと、イザークは再び手を動かす。火を点けて、きれいなクリーム色の液体を焼き上げると、部屋中に甘い香りが広がった。
それを何枚かつくって、バターやはちみつやカットしたフルーツをのせていく。その手際の良さに、クラウディアは拍手を送りたい気分になった。
「できた。それ、とってくれ」
「これ?」
イザークが指さすバスケットを手渡したら、できあがったものがはいった容器をその中に入れていく。
「行くぞ。後片付けは、頼んである」
言われるがままに、クラウディアはイザークの後に続く。屋敷を出て、裏庭にある小道を進んでそこを抜けた。
目の前に広がったのは、一面の金色の世界だった。
「ミモザ? こんなに沢山……。すごいわ」
「こっち」
ミモザの森の中ほどに、簡素だが立派な墓石があった。
『ヴェルナー・ジーベル』と刻まれた墓石の前でイザークは、荷物を置いて片膝をついた。胸に手を置き、頭を垂れる。その横で、クラウディアも両の手を組んで祈りをささげる。
祈りの後で、立ちあがったイザークは再びバスケットを手に取った。そのふたに手をかけて、イザークは動きを止める。
「……敷くもの、忘れた」
クラウディアのドレスを見て、わずかに眉を寄せたイザークに、クラウディアはきょとんとして、それから自ら草の上に腰を下ろした。
「別に構わないわ」
「……いつも一人だったから、思いつかなかった」
「いいのよ、別に。いつもここでこうして食べるの?」
頷いてイザークは、クラウディアの前に座ってパンケーキを取り出した。クラウディアの前にひとつ、イザークの前にひとつ、そしてヴェルナーの前にひとつだ。
ナイフとフォークで切り分けて口に入れたら、しっとりやわらかい甘さが口の中に広がった。
「……おいしい。うちの料理人がつくるのより、おいしいわ」
「そりゃ言い過ぎだろ」
「本当よ。すごくおいしい。イザークの叔父様も、きっと喜んでいるわね」
「……そーだといいけどな」
パンケーキを楽しんで、その帰り道、ミモザを見たいと言うクラウディアの我儘に、イザークは何も言わずにつきあってくれた。
黄金の中をゆっくりと歩いて行く。
少し強い風が吹き、金平糖のようなミモザの花が、さらさらと舞った。
「……花、ついてる」
イザークは手を伸ばし、クラウディアの髪についた花をとってくれる。
「ありがとう」
つまんだミモザを手渡されて、クラウディアは思わず口元を綻ばせる。
「おんなじね、金色。イザークの瞳と。きれいだわ」
そう言って、目の前の美しい金色を見ていると、ふいにイザークの顔が近づいてきた。
「……イザーク?」
呟いたときには、イザークの冷たい唇が、クラウディアの唇にそっと触れていた。




