オオカミ王子と急接近する 03
イレーへ向かうため、クラウディアを迎えに来たランペルツ家の馬車は、早朝に王都を出発した。
出発に先立ってイザークは、ローゼンハイム邸を訪れ、クラウディアの父テオドールに舞踏会への出席ができないことについて許しを貰いにきた。テオドールと、それから何故か同席した兄ラルフは、イザークの申し出を快諾した。
いつもより早くに起きたせいもあって、馬車の心地よい揺れに、クラウディアはいつの間にか本気で眠ってしまっていた。
ふと、クラウディアは目を覚ます。
目をこすって周りを見てから、馬車の中だと思い出した。目の前には、イザークの姿があった。
(……イザーク、眠ってる?)
イザークは腕と足を組んで、難しい顔をして目を閉じていた。上着を羽織っていないから寒そうだ。そしてその上着は、他でもないクラウディアにかけられていた。
(かけてくれたの? 何か、やっぱり……。もしかして、優しくしてくれてる?)
クラウディアは腰を浮かせて上着をイザークにかけなおそうと近づいた。
起こさないように上着をかけてから、イザークの顔をまじまじと見つめる。眉間に刻まれた深い皺。思わず、人差し指を伸ばしていた。
(私と話すときには、だいたいこの皺があるのよね。寝ている時くらい、この皺、なくならないかしら……)
クラウディアの指が触れる直前、ぱちっと音をたてたように、イザークが目を覚ました。
「……!!」
慌てて飛びのいたら、イザークも何が起こったのかと茫然としている。
「びっくりした。いきなり起きないで」
「……それ、こっちの台詞な」
どきどきする胸を押さえて、もともと座っていた場所へと戻る。内心をごまかすように、ごほんとわざとらしく咳ばらいをしてから、クラウディアは言った。
「上着。寒そうだったから、返そうと思ったの」
「あー……。別に」
「ありがとう。イザーク――」
その時クラウディアは、夫となる男性には敬意を払うようにと、父から教えられたのを思い出した。
「様?」
「何で疑問形」
すかさず言ったイザークに、クラウディアは小さく口をとがらせる。
「な、慣れてないからよ。これから慣れるわ」
「別にもういい」
「……でも」
「今更、他人行儀だろ」
「………じゃあ、そうする」
(呼び方を変えるのを他人行儀に思うって、むかし話したことがある気がする……)
いつだったかを思い出そうとしたが、はっきりと思い出すことができない。
それでクラウディアが少し黙っていたら、イザークはいつのまにかまた瞳を閉じていた。きっと疲れがたまっているのだろう。
クラウディアは今度こそ起こさないように、一人で静かに過ごすことにした。
無言のまま自分の手に視線を落とす。魔力をゆっくりと指のひとつひとつにこめて、小さく光を作っていく。
無心になりかけたところで、イザークの視線に気がついた。
「寝たんじゃなかったの?」
「……それ、アレクも良くやってたな」
「これ? そうよ。アレクシス様に教えてもらったの。コントロールの練習になるからって。誰かさんが、結局練習につきあってくれなかったから」
「…………」
言ってクラウディアは、ちらりとイザークに視線を送る。
「何か言うことある?」
「……とりあえず」
「うん」
「馬車、壊すなよ」
指に集めていた光を握りつぶして、クラウディアはじろりとイザークを睨んだ。
「もういい」
言ってぷいっとそっぽを向くと、イザークは何かを言いかける。
「あー……」
「……何」
冷たい視線を戻して続きを待つのだが、イザークはなかなか先を言わない。
クラウディアがしびれを切らす前に、馬車が一度大きく揺れて、停車した。
「イザーク様、クラウディア様、到着いたしました」




