5 ドラゴン、騎士コンビと仲良くなる
「うわあ! ドラゴン!」
廊下の角を曲がった途端、騎士コンビの金髪の方とぶつかりそうになった。
他の騎士団員たちはアスランについて城の本棟へ行っているので、今ここにいる団員はニナを見張る役目の騎士コンビだけだ。
(めずらしく一人なんだ)
いつも黒髪の少し背の高い方と一緒にいるのに。
ドラゴンにじっと見つめられた金髪くんは、狙いを定められたと思ったのか、顔をゆがめてきびすを返すと一目散に走り出した。
「わあっ!」
あ! とニナが思った時には遅く、ドラゴンを振り返りつつ走っていたせいで前を見ていなかった金髪くんは、廊下のすみの掃除用具を入れてある木製の棚に勢い良く突っ込んだ。
「うわああ!」
派手な音とともに、金髪くんの体の上に重量感のある棚が倒れてくる。
(危ない!)
ニナはとっさに走り、何とか頭を棚の下に挟みこんで止めた。棚の側面がずっしりと頭に食い込む。
ニナの顔のすぐ下には、頭を両手でかばいながらぼう然とニナを見つめる金髪くんの顔があった。金髪くんはドラゴンに助けられた事が信じられないようで、大きく目を見開いたまま、まばたきすらしない。
「ギ、シャー!」とニナは頭に力を入れて棚を払い飛ばした。辺りにほこりが舞う。
座り込んでいる金髪くんを観察したが、ケガはなさそうで安心した。
「あ、ありがとう……」
ようやく我に返ったようで、小さくつぶやいた金髪くんにニナは「どういたしまして」というように微笑んだ。
精一杯、優しい顔をと心がけたつもりだけれど、金髪くんの目に微笑むドラゴンがどう映ったかは、彼の引きつった頬から簡単に推測できた。
昼下がり、ニナは庭園の雑草を抜いていた。自分のせいで使用人がほとんどいなくなってしまったので、少しでも手伝いをと思ったのだ。
後ろ足を投げ出して地面に座り込み、背中を丸めて、ブチブチと無心に草を抜く。長い爪で草はつかみづらいが力はあるので、抜いた雑草の山がどんどん高くなっていく。楽しい。
一心に抜いていると、ふと背中に何かが当たるのに気付いた。
虫だろうと思い、軽くしっぽを振って払いのける。それなのに再び何かがツンツンと背中をつついてくるのだ。
顔をしかめて振り向く。少し離れた場所から騎士コンビが、何かヒソヒソと相談しながら、柄の長いほうきの持ち手部分をつかみ、精一杯ニナに向かって伸ばしているのが見えた。それの掃く部分――穂体に、さっきから背中をつつかれていたのだ。
「ギシャギ」
(何で邪魔をするの)
ただでさえ怖い顔のドラゴンが不機嫌そうに眉を寄せた顔は史上最大に怖かったようで、一瞬で青ざめた騎士コンビは、ほうきを手から落としてしまった。
それと一緒に小さな焼き菓子が地面に落ちる。城下町の店で買ったような素朴な、しかし大きなクッキーが三枚。
どうやら、ほうきの穂体にクッキーをのせて差し出していたらしい。
(……私にくれるって事だよね?)
そっと拾い、両手のひらにのせて、まじまじと見つめた。金髪くんを助けた事へのお礼だろうか。
騎士コンビが期待するような心配するような目でニナを見ている。
「ギシャ」
ありがとうの気持ちを込めて、座ったままペコンと頭を下げた。伝わらないかなと思い直して何度も頭を下げてみる。
騎士コンビが顔を見合わせて、作戦成功とでもいうようにハイタッチをして笑いあった。
ニナはクッキーを一枚ずつ大事に口に放り込んだ。ドラゴンの大きな口にはクッキーはとても小さいし、令嬢だった時にこれより上等なお菓子は食べてきたが、その時のものとは重みが違う。口の中ですぐになくなってしまうのがもったいないくらい、とてもおいしかったし嬉しかった。
食べ終わり片手で口元をぬぐっていると、いなくなっていた金髪くんが器を片手にそうっと戻って来た。二人でまたもやヒソヒソと相談する。
「いや、これは無理なんじゃないか? ドラゴンだぞ」
「大丈夫だって。何かドラゴンっぽくないし、喜ぶかもしれないじゃん。やってみようぜ」
再びゆっくりと、ほうきが差し出される。今度は何と紅茶がのっていた。驚きに目をぱちぱちさせるニナドラゴンの前で、お椀型の器からふわりと湯気がたちのぼる。
器はクッキーよりも重いので、柄の先端を持ちバランスをとるコンビの手元はプルプルと震えて苦しそうだ。
そこまでしなくても直接渡してくれればいいのに。ドラゴンに直接渡すのはまだ怖いのか、それともおもしろがっているだけなのかはわからないが、二人の表情はさっきよりもよほど柔らかい。というより楽しそうだ。
ニナも思わず微笑み、両手で器を受け取って紅茶を口に流し込んだ。瞬間
「ギャギャ!」
ニナは飛び上がった。ドラゴンの舌には淹れたての紅茶は熱過ぎた。
騎士コンビも驚いたようで、慌てて駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ!?」
「大丈夫か! ……って、まさかの猫舌!? ドラゴンなのに!?」
言いたくなる気持ちはわかるがドラゴンと猫舌は関係ない。
思わず駈け寄って来た二人はドラゴンとの距離が近いことに一瞬うろたえた様子を見せたが、涙のたまった目で舌を出し情けない顔をしているニナを見て、ふき出した。
「しょうがないなあ。大丈夫かよ」
黒髪くんが落ちた器を拾う。こぼれた紅茶は地面にしみこんでしまった。せっかく淹れてもらったのにとシュンと肩を落として落ち込むニナに、彼らは顔を見合わせて苦笑した。
「本当にドラゴンらしくないな。最初は驚いたけど、全然怖くないし。まるで人間みたいだ」
「そうそう。遠慮深いし。下手な人間よりよっぽど、いい奴だよな。さすがアスラン王子は見抜いていたんだな。……嫁にするというのはわからないけど」
騎士の隊服である黒の詰襟の上下を着た彼らはニナの隣に座り込み、草むしりを手伝ってくれる。
二人はニナと同じ十八歳で、騎士団の中ではまだまだ下っ端との事だ。元気で人なつこい金髪くんがルーク、少し落ち着いた感じの黒髪くんがトウマという名前だと教えてくれた。
ニナもせっかくアスランから「ドラン」と名付けてもらったのだからと
「ギシャ、ギシャギ」
と身ぶりをまじえて伝えてみたが
「「わかんねー」」
と笑いながら一蹴された。そりゃ、そうだ。地面に書いてみようとしたが、鋭すぎる爪が土にうまってしまい、うまく書けない。焦るニナに騎士コンビが声をかけてきた。
「ほら、手が止まってるぞ。頑張れ、ドラゴン」
「誰が一番多く抜けるか競争しようぜ」
明るい太陽の下、二人と一匹はせっせと雑草を抜いた。
中庭が少しきれいになった頃、アスランが帰って来た。円になっている二人と一匹を見て、驚きつつも嬉しそうに目を細める。
「仲良くなったのか? 良かったな」
「ギシャ」
アスランに向かって慌てて片膝をつく騎士コンビの前で、ニナは笑ってうなずいた。
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