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3 ドラゴン、シチューを煮込む

 ニナが目を覚ますと、すでに日は高く、寝台にアスランの姿もなかった。夢ならいいなと思ったが、ニナはやっぱりドラゴンのままだ。

 けれど落ち込んでいても仕方ない。自分にできる事を考えてみた。


(よし、シチューを作ろう!)


 ニナの得意料理である。ニナは貧乏子爵家の娘なので家事も使用人任せではなかったし、何よりトビアスに喜んでもらおうと頑張っていたのだ。


 寝室を出て長い廊下を歩く。廊下の大きな窓から見えるのはどこまでも続く緑。

 台所を探しながら、昨夜アスランから「城内から出ないように」と言われた事を思い出した。


「城内や庭園を歩き回るのは構わないが、決して城の外には出ないでくれ。また檻に戻さなければならなくなる」



 台所は一階の北側、廊下のつきあたりにあった。広くて清潔で調理器具もそろっている。

 若い騎士が二人、作業台にもたれてお茶を飲んでいた。


「うわあ、ドラゴン!?」

「こっちへ来るな!」


 ニナは困った。彼らに危害を加える気はないし、シチューを作りたいだけなのだ。

「ギシャ、ギシャー」と壁にかけてある鍋を差し示し、短い前足としっぽと頭まで振って一生懸命、身ぶり手振りで説明するが、伝わるはずもなく。

 騎士の一人が剣を抜いた。


「来るなと言っただろ!」

「おい、やめろ。危害を加えるなとの命令だ。それに、あのドラゴンはアスラン王子の……その、妻なんだし」


 言葉をためらう気持ちはわかる。

 ニナは伝えることをあきらめて、彼らを刺激しないように両手を上げて万歳の姿で、ゆっくりと壁際を伝い遠回りをして奥へと向かった。


「うわあ、来たぞ!」


 焦ったように走って台所を出て行く騎士たちを放って、ニナは食材を集めようと顔で奥の扉を開けた。思った通り裏庭の畑へと続いている。

 さんさんと日光が降り注ぐ畑には、たくさんの種類の野菜が青々とした葉をつけていた。


 ニナはジャガイモとニンジン、タマネギを土の中から引き抜いた。令嬢の姿だとかなり力を込めないと抜けないのに、ドラゴンだと力を入れなくても簡単に収穫できる。おかげで勢い余って後ろへ倒れこんでしまった。


「ギシャー……」


 土まみれになり、照れながら起き上がる。


「おい。ドラゴンが野菜を収穫しているぞ」

「まさか食うのか? ドラゴンは肉食じゃないのかよ?」


 さっきの騎士たちが窓から顔を出してヒソヒソと話している。ニナが振り向くと、彼らは怯えたように、さっと顔を引っ込めた。


 次は鶏肉だ。鶏舎に向かい、暴れる鶏を一匹しとめる。さすがドラゴン。瞬殺である。毛をむしり血抜きした。鋭い爪は便利だ。


「おい、ドラゴンが鶏の下ごしらえをしているぞ」

「丸飲みじゃないのか」


 後をついてきてヒソヒソ言う騎士たち。


 次に放牧場へ行き、ドラゴンを見て怯える牛をロックオンしたとき、しぼりたての牛乳が入った容器が、わらのそばに置いてあるのに気づいた。辺りを見回すが誰もいないので、ぺこんと礼をして牛乳を少しもらう。


「まさかの牛乳かよ? 牛そのものじゃなくて?」

「おい。今、礼をしなかったか?」


 最後に納屋へ行き、布袋に入った小麦粉をそばにあった器に入れた。突っ張る両手で器を持ち、風に吹かれないようにソロソロと台所へと戻った。


「おい、ドラゴンが小麦粉を持ってくるぞ!」

「何に使うんだよ!?」


 井戸から汲んだ水で野菜を洗い、切ろうとして困った。前足が短いので前かがみの態勢になり、台にお腹がのってしまう。それに長い爪が邪魔をしてナイフが握れない。


「ギャギャ……?」


 ニナドラゴンは考えて、爪で野菜を切る事にした。なにしろ刃物なみに鋭いのである。精度はいまいちだけれど。ちまちまと野菜の皮をむき、ちまちまと小さく切った。


 そこで壁にかけてあるエプロンに気付いた。ドラゴンなのでもちろん服は着ていないし、多少熱い湯が飛ぼうが丈夫な皮膚はびくともしないが、こういうのは気分だ。

 いかにも新妻ふうのフリフリの白いエプロンで、ドラゴンなニナには小さ過ぎて頭の部分のヒモをかぶるだけで精一杯だが、何だか楽しくなってきた。


「ギシャギシャー」とご機嫌に鼻唄をうたいながら、野菜や鶏肉を投入した鍋を、おたまでかき回す。


「おい、ドラゴンが歌っているぞ! いや、うなっているのか?」

「何でエプロンをつけてるんだよ!?」


 廊下へと続く扉の隙間から顔だけ出した騎士たちが驚愕の表情で、シチューを煮込むドラゴンを見つめていた。




 夜になり、アスランが帰って来た。出迎えたニナを目を丸くして見つめる。ニナは笑顔でアスランの服のそでを引っ張った。

 かわいらしいフリルのエプロンを着た、というよりはかぶった、いかついドラゴンが悪い笑みを浮かべて王子を連れて行く図そのものだ。


 広い食堂の長テーブルに、大きな鍋と二人分の皿が置かれているのを見て、アスランが再び目を丸くした。


「え、シチュー? まさか、お前が作ったのか?」


「ギシャギシャ」と得意げにうなずくと、アスランは呆気にとられた後で、おかしそうに笑った。


「まるで人間みたいだな。俺の言葉も理解しているみたいだし」


 テーブルを挟んで向かい合う。しっぽが邪魔だし、短い後ろ足も床につかずに浮くし、体重が重いせいで椅子もミシミシと音をたてる。胴体が長いので座高も高くてテーブルに置いた皿から顔が遠い。

 それでも湯気をたてるシチューをアスランと一緒に食べられる事が嬉しくてたまらないニナドラゴンは、心からの笑顔でスプーンを手に取った。


「ギャ……?」


 しかしドラゴンの前足ではうまくスプーンをつかめない。力を入れると柄が折れそうだ。ニナは仕方なく皿を持つと直接口に流し込んだ。一皿を一気食いして満足そうに息を吐くドラゴンに、アスランが必死で笑いをこらえている。

 気付かないニナは、さっそくおかわりをよそった。


「――うまい」


 一口食べてアスランが意外そうに目を見張った。


「本当にうまい。驚いたよ」


 爪で切った野菜は不揃いだし、慣れない体で作ったシチューは少しダマもある。それでも感謝の気持ちだけはたっぷりと込もっている。

 照れたように頭をかくドラゴンに、アスランがこらえきれないといったように笑い出した。

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