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24 ドラゴン、令嬢とぶつかる

「用意はいいか?」


 がらんとした大広間に隊長の声が響く。

 中央でドラゴン令嬢と対峙するニナは真剣な顔でうなずいた。

 壁際には心配そうな顔のアスランと、縄を持った副隊長と騎士コンビが待機している。


(すごく不安だ……)


 目の前の令嬢は何が始まるのかと落ち着きなく視線をさまよわせていたが、張り詰めた空気を感じ取ったのか、やがて目を輝かせてニナを見すえた。持ち前の闘争本能からか、興奮したように足で床を蹴っている。やる気だ。


(どうしよう。不安しかない……)


 全身にやる気をみなぎらせている令嬢に、ますます心配がつのる。

 ドラゴンなニナならいざ知らず、令嬢は普通の人間だ。全力でドラゴンと頭をぶつけたら最悪、死んでしまうかもしれないではないか。


 入れ替わった時はどうだったのかと思い、着替えさせる時に確認したが特に傷跡は残っていなかった。運よくコブくらいで済んだのだろう。

 けれど今回はわからない。


「シャー! シャー!」


 令嬢は嬉しそうに全身を小刻みに震わせている。

 胃が痛くなってきてニナは顔をしかめた。それはニナの体なのだ。元に戻った時に死んでいました、なんて冗談ではない。

 けれど他に方法もない。


「行くぞ!」


 隊長のかけ声とともに令嬢が突っ込んできた。

 振り上げられた腕を力ずくで止めて、ニナは覚悟を決めて息を吸い込むと思いきり頭をぶつけた。


「シャー!!」


 令嬢が悲鳴をあげて片手で側頭部を押さえる。

 痛そうだ。おじけづいて一歩引いたニナに、燃えるような目をした令嬢がさらに強い頭突きをくらわせてきた。


「ギシャ!」


 ニナの比較的やわらかいまぶたに令嬢のひたいが当たり、油断していたせいもあって思いのほか痛かった。目元を押さえてヨロヨロと後ずさるニナに、真っ赤なひたいをした令嬢は闘争本能をむきだしにして向かってくる。


「シャ――!」

「ギシャ!?」


 逃げようとしたニナだが令嬢に足に噛みつかれて転んでしまった。その背に令嬢が馬乗りになり、容赦なく爪で引っかきながら噛みついてくる。あまり痛くはない。けれど何より怖い。


「ギャギャ!」


 一回りも二回りも小さい令嬢に襲われて必死に助けを求めるドラゴン。

 鬼気迫る、しかし、わけのわからない光景にぼう然となっていた隊長が、ハッと我に返ったように慌てて令嬢を引き離した。


「ドラ――じゃない、ニナ嬢、大丈夫か!?」

「ギャギャー……」


 大丈夫ではない。泣きそうだ。


 はがいじめにされた令嬢は髪を振り乱して激しく暴れている。目を見開き、全力でもがく姿は自分自身の外見ながら更に怖い。


(……よし。続きは休憩きゅうけいしてからにしよう)


 完全にひるんでしまったニナが立ち上がろうとしたところ、暴れる令嬢を見ながら何かを考え込んでいた隊長が言った。


「ニナ嬢、悪いが少し我慢してくれ」


「ギシャ?」と振り向いたニナの頭に、令嬢の頭が激しくぶつかった。


「ギシャ!」

「シャー!」


 暴れる令嬢をはがいじめにしたまま隊長がニナに近付いてきたのだ。令嬢はまだまだやる気なので、何度も何度も頭突きをくらわせてくる。そこを隊長がうまい具合に頭同士がぶつかるように調整しているのだ。

 しかし、いくらドラゴンといえど遠慮なく同じ部分を何度も攻撃されたら、さすがに痛い。


(待って、待ってよ! 痛いってば!)


「我慢だ、ニナ嬢! これできっと元に戻れる」


 同情の色を顔に浮かべながらも隊長は手をゆるめない。隊長は真剣に協力してくれているのだ。それは、わかる。わかるけれど――。


「おい、ハンネス!」


 止めようとしたアスランが副隊長に肩を叩かれ、何かささやかれている。「他に方法はない」とか言われているのだろう。

 騎士コンビは痛そうに顔をゆがめながらも


「頑張れ、ドラン!」


 と声援を送ってきた。


(そ、そうだよね。頑張ったら元に戻れるんだから)


 覚悟を決めたニナは令嬢の頭突きにひたすら耐えた。

 令嬢の方が何倍も痛いはずなのに、その攻撃はちっともゆるまない。ナイスファイトだ。感激だ。ニナの体でなければ、だが。


 やがて真っ赤になったひたいから、さらに血を流した令嬢が、隊長の腕の中で力尽きた。やり遂げたような満足そうな顔でぐったりと目を閉じ、気を失っている。

 隊長が期待したような顔でニナを見てきた。暗い顔でゆっくりと首を横に振ると「駄目か……」と隊長が肩を落とした。


 縄を持って駆け寄ってきた副隊長の


「痛いだけだったな」


 気の毒そうなつぶやきに、相変わらずドラゴンのままのニナはクラクラする頭を抱え、床に両手をついて落ち込んだ。



 その後もニナと令嬢は頑張った。


 薬湯につかったり、祈祷してもらったり、何が煮込んであるのかわからないドロドロの黒い液体を飲んだりもした。ニナは吐きそうになったし、令嬢はもちろんすぐに吐いた。


 万病に効く膏薬こうやくがあると聞けば、暴れる令嬢を押さえつけて何とか医者に背中に貼ってもらい、続けて背中を向けたニナに「え? ドラゴンも貼るの?」と頬を引きつらせられたりもした。


 カエルを使う魔術があると聞けば、腕によじのぼってくるカエルにニナは赤い体が蒼白になるまで耐えたし、令嬢がカエルを食べようとしているのを見て気を失って床に倒れたりもした。




(ダメだ。元に戻れない……)


 台所にてニナは落ち込んでいた。

 考え付くすべての事はやってみた。もしかして、ずっと元に戻れないのだろうか。一生ドラゴンのままだったらどうしよう。


「シャー!」


 背後ではドラゴン令嬢が、からの皿を前にうなっている。ニナは揚げ鶏を作っているところだった。

 令嬢はこの揚げ鶏が好物だと最近わかったのだ。シメた鶏肉を小さく切って高温の油で揚げると、食欲をそそる良い匂いが台所中に充満する。


 騎士隊員たちが匂いにつられて顔をのぞかせたが、鍋で鶏肉を揚げているのがエプロンをつけたドラゴンで、更にそれを待つ令嬢が「シャー!」と吠えたので逃げて行ってしまった。


 令嬢は嬉しそうな顔で、皿を前にしておとなしく待っている。「今から好物を用意するから待て」と態度で示すと、静かに待てる事も最近わかった。


 その様子に、ニナはなつかしくなって微笑んだ。ニナも小さい頃、母親がこうして揚げ鶏を作るのをテーブルについて待ったものだ。


「ギシャ」


 できたよ、と皿に揚げ鶏を盛ると、令嬢は顔を輝かせてがっつき始めた。すごい食欲だ。作ったものをおいしそうに食べてくれると、こちらまで嬉しくなる。

 夢中で食べる令嬢をニナはじっと見つめながら考えた。


 ずっと、このままだったら本当にどうしよう。アスランはずっとここにいていいと言ってくれたが、一生この生活が続くわけはない。アスランだっていずれは誰かと結婚して、ここを出て行くだろうし。何しろ第二王子だ。誰もがうらやむような女性と国をあげて祝われるに違いない。

 そうなったら自分は――自分たちは、どこに行けばいいのだろう。


 中身がドラゴンな限り、令嬢はニナの家族の元には返せない。自分は遠い北方の地へと送られるか、良くて一生、檻の中だ。そこでドラゴン令嬢と一緒に暮らすのか。死ぬまで、ずっと。


 考えると、どこまでも真っ暗闇に落ちていくような感覚だ。救いがない。

 それと――。


 心にコツンと当たるものがあった。正体はわかっている。


(バカだなあ……)


 ニナはゴツン、ゴツンと音をたててテーブルにひたいを打ち付けた。悩んでいる時の昔からのくせだ。


 アスランが誰かと結婚する時、誰かと幸せそうに寄り添う姿を心から祝える自信がない。


 迷惑ばかりかけているドラゴンのくせに、こんな事を考えるなんて、おこがましいにも程があるとはわかっている。

 アスランが面倒を見てくれるのも、優しい笑顔を向けてくれるのも、ドラゴンと入れ替わったニナに同情してくれるからだとわかっている。


 危険なドラゴンにこんなにしてくれる人は他にいない。感謝しかない。ちゃんと、わかっている。

 それなのにアスランの幸せを心から祝えない、これも本心なのだ。


 (何て嫌な奴なんだろう……)


 何てわがままなんだ、最低だと、ニナは自分を罰するように更に強くひたいを打ち付けた。


「シャー!」


 令嬢の声に顔をあげると、テーブルに身を乗り出した令嬢がニナの顔をのぞきこんでいた。


(もしかして、なぐさめてくれているのかな)


 思わず感激したが、違った。令嬢は揚げ鶏のおかわりを要求しているだけだった。からの皿を指して、しつこく「シャーシャー」言っている。


「ギシャ」


 落胆して「もうないよ」と首を横に振った瞬間、怒った令嬢に「もっと、よこせ」と言うように腕に噛みつかれた。

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