2 ドラゴン、王子と結婚する
「しかし、危ないですぞ!」
「そうです! 王子の身に何かあったら……!」
騒ぎたてる重鎮たちに、アスランが落ち着いた笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。このロサリオ国だけでなく、この世界にとってドラゴンは保護すべき大事な存在でしょう。成長途中の小さなドラゴンですし、人に危害を加えてもいないですしね」
「しかし体は小さくても、凶暴なレッドドラゴンです!」
「何かあってからでは遅いのですぞ!」
わめく人々をさえぎって、アスランがニナを見つめた。
「どうする? ここに、いたいか?」
ニナはブンブンと勢いよく首を縦に振った。ここでアスランに助けてもらえなかったら終わりだ。
(私、何もしない。だから、ここにいさせて!)
格子を鋭い爪でつかみ「ギシャ、ギシャー!」と、せっぱ詰まった鳴き声をあげた。
しかし見る者にとっては、やっぱり凶暴なドラゴンが吠えながら暴れて、王子をにらみつけているようにしか映らないのである。そのせいか重鎮たちの強固な目の色は変わらない。
ニナと重鎮たちとを見回していたアスランが、やがて深いため息をついた。
「――わかりました。保護する事はあきらめます」
(嘘!? あきらめないで。お願い!)
話の通じないドラゴンの自分に意見を求めてくれたのはアスランだけだ。ニナはありったけの力で鳴いた。
「その代わり――」
心得ているとばかりにアスランが檻に近付いてきて、格子の隙間から手を差し入れた。
「おいで」
端正な顔で優しく微笑まれ、ニナは救いを求めるようにフラフラとアスランに近付いた。
「顔を下げて」
言われるがまま顔を下げると、ちょうどアスランと向かい合う形になる。吸い込まれそうな深い青色の目に心臓の鼓動がはね上がった。
そのままニナは力強く顔を引き寄せられて、口の先に軽く口付けられた。
(えええ――!?)
何度も言うが、今のニナは恐ろしいドラゴンの姿である。顔を真っ赤にして後ずさる乙女なドラゴンではあるけれど。
ぼう然となる人々の前で、アスランがニッコリと笑った。
「未婚の男女が公の場でキスをした場合、その男女は結婚するのが我が国の慣例ですね。ですから俺はこのドラゴンと結婚します」
「……!?」
何か色々とおかしい。「何を言っているのだ、この王子は!?」と王子をのぞく、この場にいる全ての者たちが思った。もちろんドラゴンも含めて、だ。
「あの、王子。何を言って……?」
「ギ、ギシャー……?」
「種別は違うが問題ない。俺は男で、このドラゴンはメスだ。――だよな?」
確認するような視線を股に感じて、普段から大股のドラゴンは慌てて足を閉じて、照れた。
「メスのようですよ。だから大丈夫。それに俺は人間の女性が苦手なので」
晴れやかなほど嘘くさい笑みを浮かべる。アスランはぐるりと人々を見回した。
「それに決して人になつかないと言われる凶暴なレッドドラゴンが俺になついたら、それはこの国の大きな力になると思いませんか?」
一転して不敵な笑みを見せる第二王子に、もう異をとなえる者はいなかった。
* * *
ニナは檻ごと、城の別棟にある中庭にいた。新婚生活の住まいとしてアスランが国王から勝ち取ってきたものだ。五十からなる部屋と舞踏会が開ける大広間まであるらしいが、檻から出られないニナには、さっきまでいた奥庭と大差ない。
それでもアスランのおかげで遠く離れた北方の地へと送られずにすんだのだ。感謝している。
アスランの身辺警護として騎士の一団がいるはずなのだが、誰もニナのいる中庭には近付いてこない。
(そりゃあ、そうだよね……)
小さいとはいえドラゴンは恐ろしいものだから。
昨日までは茶色い髪に茶色い目、中肉中背の、どこにでもいる平凡な令嬢だったのに。
元に戻れるのだろうか。でも戻ったとしても待っているのは婚約者に浮気されて婚約破棄された、みじめな人生だけだ。どちらに転んでも、その先に良い事はない。
どうして自分ばかり、こんな目にあうのだろう。
ニナの目から大粒の涙が転がり出た。檻の床にペタンと座り込み、短い前足を一生懸命伸ばして涙をぬぐう。
「泣いているのか?」
驚いたような声がして、ニナはビクッと体を震わせた。格子越しにアスランと目が合った。
「外は冷える。中に入ろう」
手に持っていた鍵で檻を開けてくれる。
「……ギシャー?」
いいの? と、ためらいがちな質問を読みとったのか、アスランが微笑んだ。
「お前は俺に危害を加えない。そうだろう?」
もちろん! 勢いよく何度もうなずくと、アスランが楽しそうに笑った。
「それに、お前は俺の妻になったんだから。夫婦は同じ部屋で寝ないとな」
広い寝室の壁際に置かれた寝台にアスランが寝て、その足元にニナは頭としっぽをくっつけて丸まって眠った。
部屋の中にいられる事も、ふかふかの布団の上で寝られる事ももちろん嬉しかったが、ドラゴンな自分を信頼してくれる人がいた事が何より嬉しかった。