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14 ドラゴン、風邪をひく

 中庭を風が吹き抜けていく。少し前まで暖かいゆるやかな風だったのに冷たさを含んだものに変わってきた。太陽が出ている時間もだんだんと短くなってきて、季節の移り変わりを感じる。


 副隊長が別棟の中へと戻り、中庭にいるのはニナとアスランの二人になった。

 ニナは迷ったが今を逃すと更に迷うだけだ。せめてアスランにだけは本当の事を言っておきたい。木板がないので土の上に書こうと考えて「ギャギャ」とアスランを手招きした。


「どうした?」


 寄ってきたアスランと向かい合ってしゃがみこむと、ニナは爪を土に突っ込んだ。何が始まるのかと興味津々なアスランに向かって一文字目を刻む――。


「アスラン様! 隊長がすぐに来て頂きたいと。……副隊長には内緒でとの事でお願い致します」


 と騎士コンビの黒髪トウマが真剣な顔つきで呼びにきた。


「――わかった。悪いな、ドラン。またでいいか?」


 緊迫した雰囲気に、ニナはうなずくしかなかった。



 さらに夜、寝室で寝ずに待っていると扉が開いてアスランが顔を出した。


「ギシャ!」


 いそいそと木板を手にするニナに、アスランが申し訳なさそうな顔になる。


「悪い。まだ仕事があるんだ。先に寝ていてくれ」

「ギシャー……」




 また寝落ちしてしまったらしい。目覚めると室内が明るくなっていて朝なのだとわかった。


「ドラン、起きたのか。おはよう」


 アスランがいるではないか。良かった、今日は寝過ごさなかったとホッと息をついて、テーブルの上の木板を手に――。


(あれ?)


 体が熱い。頭がぼうっとして視界もグラグラと回っている。


(あれれ?)


「ドラン? 焦点がおかしいぞ」


 近くにいるはずなのにアスランの声が遠くから聞こえる。もう一度、視界がぐるりと回った。


「ドラン!?」


 ボスン! と大きな音をたててニナは寝台の上で大の字に倒れてしまった。



 結論から言うとニナは風邪をひいた。


「ドラゴンも風邪をひくんだなあ」


 水差しを持ってきた金髪ルークが感心したように首をひねった。


 アスランはルークに世話を任せて、先ほど出て行ったばかりだ。今夜レモネ侯爵家で開かれる舞踏会に招かれているとの事で、後ろ髪を引かれる様子で「寝ているんだぞ」と心配そうに言い残していった。


「ギシャー……シャー……」


 寝台で丸まって荒い息を吐く。元々うろこが赤いのに、顔もお腹の白い部分もほんのりと赤く染まっているので全体が真っ赤になっている。まさに「レッド」ドラゴンだ。

 ルークがニナの額に手をおいた。


「熱い……けど、人間とは元々の体温が違うよな。これは高いのか、低いのか?」


 聞かれてもニナにも良くわからない。


「薬も人間用のしかないし、医者もドラゴンは見られないだろうし」


 全くだ。


「まあ、ゆっくり寝てろよ。いつも動き回ってたから疲れたのかも。何かあったら呼べよな」


 ルークが冷たい水にひたした大きな布をニナの額に置いた。


「ギシャ―……」


 ありがとうと言ったつもりだが、いつもよりひどいうなり声にしか聞こえない。それでもルークは人なつこい笑みを向けてくれた。そして枕元に大事に置いてあるドラゴン人形とニナとを見比べてふき出した。



 いつの間にかウトウトしていたようだ。

 目覚めると多少気分はすっきりしていたが、頭も体もまだ、だるい。体全体が一枚膜をおおっているような感じがした。

 水を飲もうと体を起こした時、遠くからゴホンとわざとらしい咳音が聞こえてきた。視線をやると、開いた扉の向こうから隊長がそっと顔を出しているのに気付いた。

 目が合った途端、隊長は顔を赤くしてうろたえたように言った。


「いや、違うぞ。たまたまだ。わざわざ様子を見に来たわけではない。たまたま通りかかったんだ」


 ほてる顔と体を抱えてニナは微笑んだ。この寝室は二階のつきあたりにあるので、たまたま通りかかるわけがないのだ。


「あれ、隊長? どうしたんですか?」


 そこに、ちょうど黒髪トウマが替えの水を持ってやって来た。


「もしかしてドランの見舞いですか?」

「ち、違う! たまたま通りかかっただけだ! 断じてドラゴンの見舞いなどではない!」


 落ち着きを失った隊長が慌てたように立ち去っていく。その後ろ姿を見ながらトウマが小さく笑った。


「隊長、砂糖菓子をかくし持ってたぞ。見舞いの品の定番だ。せっかく来たんだから置いていけばいいのに」


 全くだ。嬉しくてニナも「ギシャシャ」と笑った。トウマがじっと見つめてくる。しまった、思わず歯をむき出しにして笑っていた。怖がらせてしまったなと、まわらない頭で反省した時


「何だか、その怖い笑い方にも慣れてきたよ」


 トウマがおかしそうに笑って言った。

 そうか。慣れてくれたのか。ニナはまた遠慮なく「ギシャシャ」と笑った。

 ドラゴンになって拾われた先がここで、本当に良かったなと思った。



 ドラゴンの体力はたいしたもので、太陽が傾く頃にはすっかり熱も下がり元気になった。

 治って体が軽く感じられる事が快適で、姿見の前で短い両手をグルグルと回したり、しっぽと一緒に腰をひねったりして体操をする。続いて腰に手をあてて上半身を後ろに反らせ――過ぎたようでグキッと腰が鳴って「ギャギャ!」と叫んだ。病み上がりで無理は禁物である。


 アスランは舞踏会だと言っていたから今夜も遅いだろう。元々忙しそうだったが、最近さらに忙しい気がする。


(仕方ないか)


 ニナは考えて、アスランの前で文字を刻むのではなく、先に書いておいたものを見せる事にした。

 木板に一文字一文字、丁寧に刻んでいく。ペンを持って書くのとは違うので短い文章を刻むので精一杯だ。しかも一見しただけでは落書きにしか見えない。


 それでも頑張って、自分がアベーユ家の娘のニナである事、森で目覚めたら突然ドラゴンになっていた事、助けてもらえてとても感謝している事を簡潔に記した。


 文字で一杯になった木板をじっと見つめる。これを見られた後、アスランとの関係はどう変わるのだろう。怖くてたまらない。アスランが不愉快に思わないといいけれど。

 木板を寝台の枕元にあるテーブルにそっと置いた。ここなら今夜遅くでもアスランが帰ってきて気付いてもらえるだろう。


(大丈夫。きっと大丈夫)


 込み上げる不安を押し込めるように、何度も自分に言い聞かせてニナは寝室を出た。



 日が暮れる前に庭園に咲く花に水をやろうと、井戸でくんだ水を運んでいると、東屋あずまやの中央に副隊長を見かけてニナはとっさに物かげに隠れた。隠れてから隠れる必要なんてないなと思い直したが、ニナはなぜか副隊長の事が苦手だった。犬扱いをされたからだろうか。


 このまま戻ろうか、水はまた明日やればいいしと迷っていると、背の高い副隊長の背中に隠れるようにして向かい合っている宰相の姿が見えた。

 ニナは目をぱちくりさせた。宰相をこの別棟で見たのは以前ニナを捕まえに兵士を連れてきた時以来だ。どうしてここにいるのか。


 副隊長はこちらに背を向けているので表情はわからないが、宰相は辺りをうかがうように丸い顔を終始きょろきょろとさせて落ち着かない様子だ。


(何の話をしているんだろう?)


 耳を澄ませてみたが、聴覚の発達したドラゴンでも距離があるし風の音が邪魔で聞こえない。かといって不用意に近付いたら見つかりそうだし。

 やきもきするニナとは裏腹に、二人は声をひそめたまま話を続けている。まるで内緒話のようだ。誰にも聞かれたくないような。


 そんな二人を見ていたら、宰相がドラゴン反対派の先鋒だという言葉を思い出した。それに副隊長の父親であるグラネルト公爵は宰相と懇意にしているとアスランが前に言っていた事も。


(胸騒ぎがする……)


 ヒタヒタと不穏な気配が足音をたてて忍び寄って来る気がして、ニナはブルッと体を震わせた。

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