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11 ドラゴン、人形をもらう

 半地下にある洗濯室の狭い作業台をきれいに片付けて、ニナは棚の奥から針と糸を探し出した。壊れた人形の腕を直そうと考えたのだ。もともと裁縫は苦手ではない。

 ドラゴンには小さい木製の椅子をミシミシいわせ、背中を丸めて針と糸を両手に持ち――持てない。細すぎて、まず手に持てない。


 予想はしていた。していたとも。壁に向かって遠い目になってから、人形と裁縫道具を持って、別棟のどこかにいるはずの騎士コンビを捜した。


 二人は奥庭の納屋の横で薪割まきわりをしていた。交代でにぎやかに割っているが、その合間に山のように積んである丸太をうんざりとした目で見ている。

 ニナは近づいて行き「代われ」というように、かっこよく親指をたててみせた。


「よう、ドラン。代わってくれるのか?」

「やった! よろしく」


 太い丸太を縦に置く。真剣な顔で鋭く目を光らせるドラゴンを、騎士コンビが期待に満ちた目で見つめた。

 ニナは成功を確信して目を細めた。簡単だ。ドラゴンのすさまじい力があれば、こんなものはきっと素手で割れるはずである。


「ギャ!」


 得意げに右手を振り下ろした――が、短すぎて丸太まで届かなかった。右手がむなしく宙をかすめた。


「「ええー!?」」


 自信満々だった事が逆に恥ずかしい。騎士コンビの落胆の声が地味に心に突き刺さる。いたたまれないのと羞恥心とで、ニナは背中を丸め両手で真っ赤な頬をおおい「ギシャ―……」と、うなった。


 何事も地道が一番である。身を持って悟ったドラゴンは片手に斧を持ち、一本一本丁寧に薪を割っていった。

 だんだんと割り終わった薪の山が高くなっていく。楽しい。


(……違う!)


 ハッと我に返り、本来の目的を思い出した。納屋のかげに置いておいた人形と裁縫道具を取ってくると、薪割りから解放されてのんびりと休憩していた騎士コンビに見せた。


「ギシャギシャ」

「人形? 腕が取れかかってるな。……え、まさかドランのものとか? 王都にいるドラゴンって人形で遊ぶのかよ!? すげーな」


 感心している天然気味な金髪ルークを放って、黒髪トウマが人形と裁縫道具を交互に見て眉を寄せた。


「もしかして直せって事か?」


 察しがいい。ニナはうなずき、ニヤリと笑った。


 木陰こかげに腰を下ろしたトウマが針と糸と人形と格闘している。


「それで、ここはどうするんだ――痛い! 俺、裁縫なんてした事ないぞ」

「ギャギャー……」

「トウマ、そこ曲がってるって。下手だなあ。貸してみろよ」

「ルークはできるのか?」

「田舎で姉貴にしょっちゅう手伝わされたからな」


 意外にもルークは上手だった。破れた個所をきれいに縫い付けて、足りない部分には綿までいれて補強してくれた。


「できた!」

「うまいじゃん」

「ギシャシャ!」


 元通りになった人形に、ニナは感謝の意をこめてぺこぺこと何度も礼をした。



(どうやって渡そうかな)


 出会った場所に置いておけばまた取りに来るだろうかと思い、広い中庭の真ん中にそっと人形を置いた。その時


「このドラゴンめ! 妹の大切な人形を返せ!」


 ニナを待ち伏せていたらしい兄が現れた。紅潮した頬に恐怖を押し隠し、両手で木刀を構える姿は気合充分だ。青ざめながらも絶対に取り返すのだという強い意志が、引き結んだ唇にこもっているように見えた。後方には離れて心配そうに見守る妹の姿もある。


「ギシャ」


 ちょうど良かった、とニナは地面に置いた人形を指さした。ドラゴンが手渡しなんてしたら、きっと恐怖に気絶してしまうだろうから。そして遠ざかろうと身をひるがえした瞬間


「返せったら返せ!」


 兄の木刀がニナの背中に命中した。


(ええ!? ちょっと待って。今、返したところだよ!)


 しかし恐怖が興奮にすり替わっている状態の兄は気付く様子はなく、ひたすら攻撃を繰り返してくる。力一杯殴られたら、いかにドラゴンといえど痛い。

 ニナは逃げた。兄が叫びながら追いかけてくる。


 一生懸命逃げながらもニナが振り向くと、視界のはしっこに、人形に気付いた妹が慌てて駈け寄ってくるのが映った。妹は泣きそうな顔で人形を手に取って大事そうに胸に抱えた。


(良かった)


 ニナは微笑んだ。

 そしてしつこく追いかけてくる兄に向かって


「ギシャ―!」


 と歯をむき出して叫んでみた。兄が凍りついたように動かなくなる。さすがだ。自分ながらドラゴンは迫力が違う。

 この隙にとニナは中庭から廊下へと続く通路の中に飛び込んだ。手近な部屋へと入り、そこの窓からこっそりと顔だけ出してのぞくと、兄と妹が中庭の真ん中で何か言い合っていた。


「だから! 人形が直ってるんだってば! 私が石をぶつけてしまって確かに壊れたのに、今ちゃんと直ってるの!」

「お前の見間違いだろう?」

「違う! 確かに腕が取れかかっていたもの!」

「じゃあ何だよ? あのドラゴンが直したとでも言うのかよ!?」


 妹が言葉に詰まる。兄はため息をついて、きょろきょろと周りを警戒しながら妹の背中を押した。


「お前の大事な人形を持ち出した事は悪かったよ。謝るから。だから、とりあえず早く帰ろう。またドラゴンが現れるかもしれないだろう」

「うん……」


 足早に去る兄の隣で、納得できないというように唇をかみしめた妹が何度も振り向く。何度目かで、窓枠から顔の上半分を出していたニナと目が合った。

 ニナは慌てて顔を引っ込めようとしたが、それよりも早く妹が人形を両手で高々とかかげてみせた。目をぱちくりさせるドラゴンから妹は視線をそらさない。ニナを真っすぐ見つめたまま妹の口が動いた。


「ありがとう」


 そして、ほのかに笑って人形を抱きしめると、兄と一緒に去って行った。


 ニナはもう一度、心から微笑んだ。

 兄妹の後ろ姿が見えなくなるまで眺めた後、壁に背をついて短い後ろ足を立てて床に座り込んだ。視線を落とすと、うろこだらけの両足と、ささくれだった床が見える。


(大切にすれば良かったな……)


 ぎゅうっと体を縮めた。

 子供の頃、元婚約者のトビアスに汚いと言われて大切だと思えなくなった、ニナの人形。

 さっきの妹のように大事にしてあげれば良かった。他人に何と言われようと自分が大切だと思えるなら、それだけで充分だった。充分すぎるくらいだったのに。


(ばかだなあ)


 涙のたまった目で、ニナは細かな模様の描かれた天井をじっと見上げた。



 * * *


「ドラン、これをやるよ」


 後日、寝室で寝る準備をしていると、アスランに両手で抱えられるくらいの大きさの紙包みを渡された。大きさの割には軽い。


「ドランから人形の修理を頼まれたと、ルークとトウマから聞いて。ドラゴンなのに人形遊びをするんだな。城のメイドに頼もうと思ったんだが、先日、視察に行った帰りに城下町の店でぴったりの人形を見付けたから買ってきた」


 ニナ――ドランへの贈り物だ。感動のあまり泣きそうになった。


「開けてみろよ」


 ニナの反応に嬉しそうに笑うアスランの前で、丁寧に紙の包みを開けていく。


(どんなのだろう? 貴族の間で流行している外国製の人形かな? それとも若い女の子たちに人気の陶器で作られた人形とか?)


 ワクワク感は最高潮だ。

 やっと包みが開いた。


「ギシャー! ……ギシャ?」


 出てきたのはドラゴンの人形だった。しかも勇ましい角といい、鋭い牙といい、全身に生えるうろこの形状といい、やけにリアルだ。

 どうやらアスランはドランが修理を頼んだ人形の種類までは聞かなかったようである。


「ぴったりだろう。……何か違ったか?」


 何とも言えない顔をしているニナに、アスランの顔が曇った。


「……ドラゴンの人形じゃなかったのか? もしかして牛とか豚とか?」


 食料ではない。牛や豚の人形をかわいがるドラゴンはシュール過ぎるだろう。


 それでもアスランがニナのために、わざわざ買ってきてくれたのだ。

 ニナはドラゴン人形を見つめた。子供の頃に持っていた女の子の姿の人形とは、形は全く違うけれど、そこに込められた想いとニナが抱く嬉しさは同じだった。

 今度はちゃんと大切にしよう。誰に何と言われようと一生涯、大切にする。


「ギシャー」


 ありがとう、とドラゴンを片手に持ったドラゴンが頭を下げる姿に、アスランが横を向いて笑いをこらえている。


「寝るか」


 アスランが微笑んだ。


 いつもと同じようにアスランの足元で眠るニナの、頭としっぽをくっつけて丸まったその中心には、しっかりとリアルドラゴンの人形が抱きしめられていた。

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