・
トシヤとユキホを追いかけていた二人は混雑する人ごみに焦りを感じていた。もし、二人がこの街にいる他のプレイヤーに、この事を話されたら、ここにはいられなくなる。だからこそ、何としてでも見つけなくてはならなかった。
「おい、さっき走ってきた奴らを探しているのか?」
先程の男が二人に話しかける。
「知っているのか?」
「ああ、知っているさ」
「本当か?どこに行った?」
「五千ベルンで教えてやってもいいぜ」
「高い。三千ベルン」
先程と同じやり取りが行われていたが、この後が違った。
「ダメだ、5千だ」
匿ってくれた男の声色が、明らかに強くなった。
「分かった。ほらよ」
魔術師の男は、トレード画面から5千ベルン、男に支払った。
「毎度、あいつらだったらな・・・」
「チッ」
木箱の中にいたユキホが小さく舌打ちをした。急にそんな事をするユキホに、トシヤは外にいる男がばらすのではないかと内心、不安になる。
「人ごみをかき分けながら西に向かったぞ」
「西だな、おい行くぞ」
木箱の中で安堵のため息が二つできた。
「もう出てきていいぞ」
二人の姿が消えてから男は話しかける。そんな問いかけにトシヤとユキホは木箱から外に出た。
「すまん、助かった」
そう言うと、ユキホはトレード画面から約束の金を渡す。
「構わんさ、人を騙すことは別にどうってことはないが、ああいった弱い奴を陥れる行為をする奴は気に入らないだけだ。それにあんた達のおかげで儲けられたからな」
そんな笑みを浮かべながら話す男に、ユキホは怪訝な顔を浮かべる。
「ちょっと待て、人が騙されてもいいってどういうことだ。人を騙すなんて、そんなことをする奴は悪だ」
「おいおい、そんなにいらつくなよ。俺だって、こんな世界は嫌だぜ。だがな、今、俺たちがいる、この仮想世界は、『2割』に入る為には、必要なことだと俺は思うぜ」
「だから、私は違う世界だからと言って、人を騙していいなんて私は思わない。私は自分の考えに基づいて生きていく」
「結構な考えだな、クソガキ。ばれなければ人を殺すことも、騙すことも赦される。ここは法治国家ではなく無法国家だ。」
この二人は自分の信念のもと、このゲームに参加している。トシヤはこのやり取りを見ていて、何も考えずに参加している自分が情けなくなる。
「私はガキじゃない!これでも大人だ!!」
「身長が俺の腰ぐらいしかないやつが、ガキじゃないってどういう意味だ」
二人が険悪なムードになり始める。トシヤはそんな二人を止めに入る。
「まあまあ、いいじゃないか。考えなんて人それぞれだし、えっと・・・ツガルさんでしたっけ?仲良くしてください」
トシヤはその男のステータス画面を見ると、職業は銃使い(ガンマン)、そしてレベルは十、そして名前は、『ツガル ヒデト』と表示されていた。一日しか違わないのにレベルが十も違わないという事は、この人は戦闘を経験しているということだった。
「俺もケンカしたい訳じゃないんだがな、このガキがやかましいんだよ」
「だから、私は20歳だ!!!」
「こんなちっこいハタチがいるか?!」
「こいつ、コロス。今すぐ、コロス。光の速さで、コロス・・・」
フルフルと震えるユキホを見ると、ガチ喧嘩が始まると思ったトシヤは、両手で「ドウドウ」といい、二人を宥める。
「あの、先程言った『2割』って意味、どういうことですか?」
トシヤは何とか話題を変える。
「そんなことも知らんのか?」
ツガルは、やれやれと、ため息を吐く。
「いいか、世の中って言うのは、二対八で動いているんだ。例えば、蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%と言われている。これは経済や様々な統計でも当てはまり、どんなことでも世の中は『80対20の法則』で動いていると言われている。この世界でも同様で、20%がこの世界では強者になり、残りの80%が弱者となる」
テツヤはあまり学のない方だったので、急に経済哲学の話しをされて目がテンとなった。そんなテツヤを見たツガルは、また溜息を吐く。
「・・・まあ、とにかくだ。少しでもこの世界で権力を持つ為には、人より多く金を持って、強い装備をしなくてはならないってことだ。お前が『アイ』って女に、金を多く借りたから、さっきの奴らに狙われたんだ。まっ、何も知らない第三勢力ってのもあるけどな」
トシヤは驚きを隠せなかった。自分の知らない所でこんな事を考えている奴らのこともあったが、一番驚いたのが、このツガルという男の思考能力だった。まるで、この世界を熟知しているようだった。
「ふむふむ、ナルホド、ニッパチ・・・か」
トシヤの横で、ユキホが納得していた。
「そうだ、少しだけですが、お礼を渡さないといけませんね?」
トシヤは、トレード画面を出すと、
「いや、私がやったのは正義の元の為、これは受け取れない」
ユキホは右手を突き出し、制止する。
「おいガキ、其の二。いいことを教えといてやる。お前が今やろうとしているのは、無駄な『浪費』というんだ。この世界を生き残りたかったら、自分の為の『投資』をしろよ」
ツガルはタバコをふかしながら、トシヤを諭す。その言葉はまさしく、この世界を生き抜くための『経験』からくる言葉だった。
「あ、あの・・・二人にお願いがあります!」
「何だ?」
「どうした、少年?」
トシヤは先程の自分を助けてくれたユキホ、そして間違いなく、このエターナルを生き抜く術を知っているであろうツガル、この二人に教えを乞いたいと思った。
「一緒にこの世界を生き抜く為に、この三人でパーティを作りませんか?」
二人はトシヤの言葉に面を食らった顔になる。
「すまん、少年。私は正義の名の元、困っている人をつい助けてしまう習性なのだ。だから君と組んでは迷惑になってしまうから、・・・そ、その・・・すまん」
「大丈夫だよ、僕の方が迷惑かかるから。一緒にやろうよ」
ユキホは体が震えだし、顔を俯きだす。
「ど、どうしたの?」
「~~~~~~~ごめん!」
「あっ、ちょっ、きみ」
ユキホは逃げてきた狭い裏路地から凄い速度で走り出した。
「追わないのか、色男?」
「追おうにも、もう姿が見えないのですけど・・・」
ユキホが走った後には、風しか残っていなかった。
「言っとくが、俺もダメだからな」
「えっ、何で、ダメなんですか?!」
「何もこの世界の事を勉強してきてない奴と組んでも、何もメリットがないだろ。むしろ足手まといだし、何より会ったばかりの奴の事は信用できんな」
「お、俺、武術の心得があるんです」
そう言い、この世界でも出来た回し蹴りを見せる。蹴りを放つと、風を切る良い音が出たが、ツガルは何も反応を示さなかった。
「別に凄いとは思うが、ここはゲームの世界だからな、体術は必要だとは思うが、体力は特に必要はないんだ。だから別にお前と組むメリットはないんだよ」
確かに一理あった。先程まで、トシヤは二人に恐喝をされていたのだ。自分を信用しろと言って、信用させることなんてできないだろう。
「むしろ、デメリットがでかいんだよ」
先程まで話し込んでいたツガルの顔が急に、険しくなる。
「お前、さっきの二人に、命狙われているんだぞ」
そう言われて、トシヤは初めて気づいた。あの二人は恐喝に失敗したという事は、口封じの為、確実に血眼になり、トシヤを探しているはずだった。
「じゃあ、俺はもう行くからな。がんばれよ、クソガキ」
そう言い、トシヤに背を向ける。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
この場をあとにしようとするツガルを止める。
「た、たすけてください」
「は?なんで俺が?」
この世界の初心者だったトシヤは、この窮地を脱する方法がなかった。だから是が非でも、ツガルに助力を求めないと行けなかった。
しかし普通に頼んでも、ツガルは絶対に首を振らない。絶対的な理論を持つこの男の力を得るには、向うには得をすることを言わなくてはならなかった。
「じゃあ、こうしましょう。」
トシヤはどうせなくなるだろうと思い、逆転の発想をツガルに持ちかける。
「なんだ?」
「今、俺が持っている100万ベルン、あんたに投資する」
「おまえ、バカか!そんなことをしたら今月末に支払う金がないじゃないか?」
今まで、冷静にあしらっていた男の顔が驚きの顔になる。
「その代りだ。俺がこのゲームを終わるまで、パーティーを組んで欲しい」
「成程、お前はこの俺に、100万ベルンを支払うという条件で、この世界から脱出するという報酬を得ようというのだな」
一か八かの発想だった。どうせあの二人に奪われるだろう。ならば少しでも良い確立の方を選んだ。
少し、ツガルは考え込み、口元が緩んだ。
「ふっ、今、お前がやろうとしていることは、《消費》でも《浪費》でもない、《投資》と言うんだ。流石は武道家、言われたことを直ぐに実践に移すことに長けている」
「じゃ、じゃあ・・・」
手応え有り。
「条件がある」
「なんだ?」
「俺の事を素直に訊け。聞かなかった時は、その場で決裂だ」
「じゃ、じゃあ?」
「あのちっこいガキじゃないが、悪者退治と行こうじゃない」
こうして、トシヤは頼もしい相棒が出来た。