始動の間
俺には戻るわけにはいかない。この先にある道からゲームが始まる。広い廊下のはずなのに人が集団で歩く為、窮屈になる。
途中、IDナンバー順で部屋を振り分けられる。俺のIDナンバーの部屋に入ると、辺り一面の人が寝転がれるほどのカプセルがズラッと並んでいた。
「自分のIDナンバーが書かれているカプセルの所に行き、ヘッドギアを装着して、寝転がり、眠るように目をつぶってください。その後はゲームの指示に従ってください」
自分達が部屋に入る前に白衣を着た、恐らくこのゲームの技術者っぽい男の人が叫んでいた。
番号の若い順からカプセルが設置してあったので、自分の場所は簡単に見つけられた。自分のカプセルからヘッドギアを手に取る。
ヘッドギアは様々な色のコードがカプセルと接続されていた。
――感電しないだろうな。
不安になりながら装着すると、やたら重いし、でかい…。女の人とか叔父さんとかいたけどこの重さは大丈夫なのか?
男の人に言われた通り、ヘッドギアを装着したまま横になっている人がいたので、俺も横になり、ヘッドギアの中から眠るように目をつぶる。
目をつぶっていると、本当に帰れるのだろうかと、不安な事を考えてしまう。
考えるな、考えるな…。そう思っていると頭の中がそれの事でいっぱいになる。そんな時、一つの言葉が急に浮かび上がった。
『JOIN IN』
――なん、だ。今の?
謎の英単語。意味が分からない…。
「目を開けてください」
カプセルの中で横になっているはずなのに近くから声が聞こえる。その声は先程叫んでいた白衣の人の声ではなく、高いアニメ声のような感じだった。
その声にいわれるままに目を開けると、そこは上下左右に無造作に広がる『青の世界』だった。
「なんだ、ここ?」
辺りを見渡すとひとつの人影がある方を見る。
「うおっ!」
つい言葉が出てしまう。それ程、彼女の風貌が強烈だった。
「どうかされましたか?」
胸を強調されている服。頭はネコミミ、お尻はミニスカートにシッポ、いわゆるエロいコスプレをしていた。そんな格好の彼女は、キョトンとしている。
「なんて格好しているの?ここどこ?そして君、誰?」
あまりの展開に質問攻めをしてしまう。そんな俺のテンパった顔を見た彼女はニコっと微笑む。
「順を追って説明しますね。ここは『エターナル』の入口、つまり現実世界と空想世界の狭間の場所です。そして私はその案内役をさせていただいているアイと申します。」
つまり、このゲームを始めるためのチュートリアル的な場所か。
しかし、このアイという凄く可愛い女の子が猫コスなんて…。
「なに、私の胸をジッと見ているのですか?」
「いやいや、どこも見ていないよ、ハハッ…」
あまりの大きさについ見とれてしまった。
「私の胸を見とれていても仕方がないですよ。だって私はNPCですから」
NPCってよくわからないが、確かAI的なコンピューターが自動的に動く奴だったな。
頭から足もとまでしっかり見るがどう見ても同じ人間にしか見えない。
「ほんとにNPCなの?」
「はい。そしてこの『エターナル』ではNPCの数は約十万人以上を超すとまで言われています。あなたたち、云わば(いわば)冒険者は1万人が参加を表明されています」
「えっ、そんなに参加者がいるの?」
話しを聞いた部屋には、よくて五百人ぐらいだった。
「はい、あなたたち第三号室で話しを聞いていた方たちは今から参加ですが、第一、第二号室の方は前日から参加しております。この措置はサーバーの負荷の関係上の為ご了承ください。詳しくはこのメニュー画面からの『ヘルプ』でご確認下さい」
アイの左の掌の上からiPadみたいなものが出現した。
「……どうやってこんなの出したらいいんだ?」
「この形を強く心で念じて、出したい場所に想像してください」
アイに言われた通りに強く念じ、自分の胸ぐらいの場所に出す様に想像すると、それは案外、簡単に出すことが出来た。画面の中はアイが言ったヘルプは勿論、アイテム、装備などRPGのゲームのメニュー欄らしい言葉が多かった。
「では、最後に参加者の方にエターナルの通貨である《ベルン》、つまりお金をお配りしております」
「お金を貸してくれるの?」
「モチロンです。この世界ではモンスターや危険なダンジョンが多数出現します。お金がない状態じゃ瞬殺です」
顔に似合わず恐いことを言う…。
「いくら、貸してくれるの?」
「百万ベルン、十万ベルン、一万ベルンの中から選んでいただきますが、ここで重要なことが御座います。まずこのゲームには参加費というのが御座います。百万ベルンを選んだ人は毎月の参加費、十万ベルンを支払っていただきます。それと同様に十万ベルンは一万ベルン、一万ベルンは千ベルンとなっております」
つまり高いお金を選んだ時に、毎月に掛かる出費も増えるという事か。これは一つ間違えたらとんでもないことになる。
「ここで私から忠告が。ゲームオーバーになられた際はペナルティとして、1000万ベルン支払っていただきます」
「1000万も!」
金に換算すると十億円。これは相当な額だ。
「つまり、このゲームでお金が支払われない事は二つになります。
1、参加費が払われない。
2、ゲームオーバーの際、ペナルティが支払われないとなっております」
これらを踏まえたうえでしっかりと考えなければならない。
「ちなみに前日からの参加者はどれを選んだんだ?」
「ゲームになるヒントはお答えできません」
そういうと思った。普通に真ん中の10万ベルンでいいか。そもそも1ベルンは何が買えるのか分からないしな…。そう思い、口を開こうとした直後、ふと直感する。
だからこそ100万にした方がいいのではないのかと。もしも10万ベルンで装備一式買えなかったらどうする?ベルンを稼げないまま参加費を払い続け、終了となってしまう。
100万が正解だと思うが、確証がない…。これだという正解が…。
「まだですか、早く決めてください」
アイがじれったくいう。
そんな時、武藤の言葉を思い出す。
『ふたつしかない道だったら金の力で作ったらいいのだ。』
そうだ、あいつはお金の力で作れと言った。だったら俺も作ろうと思う。金の力で…。
「100万の方を選ぶ」
「本当によろしいですね。毎月十万ベルンを支払っていただきますが?」
コクりと頷く。
心臓が破裂しそうに動いている。もう後には引けない。
「了解しました。ではお金を入れさせていただきます」
俺のメニュー画面のベルンと書かれている場所の横に、数字で1,000,000と付け足された。
「さっき、このお金を貸すって言ったけど、どうやって返せばいいんだ?」
「立花様は現在、借金の総額9千5百万円をお貸しする代わりに、このゲームに参加されておりますよね?」
それは間違いないはずだった。三輪さんにも、ちゃんと確認はとれている。コクりと頷く。
「エターナルの世界で数多く点在しておりますこの私のお屋敷、アイの屋敷と言うのが御座います。そこで一時、ゲームを中断致しますログアウトと、ゲームを終了することが出来ます。」
「ゲームを中断できるの?」
「はい、1時間では御座いますが、ベルンを支払うことで『ドーム』の中で限り、現実世界に戻ることが出来ます。いわゆる休憩などにこの機能はお使いください」
別に五感と直結しているからあまりこの機能は必要なさそうだな・・・。
「で、終了は?」
「終了をするには、タチバナ様のお貸し付けした同額のベルン、そして先程、私がお貸付けしたベルンを支払うことでゲームを終了することが出来ます。あ、もちろん、これは最低のゲーム終了条件でございますので、稼ぎたかったら帰らなくても結構ですので」
という事は、自分は最低、三輪さんに借りた額をベルンに変えた95万+アイに借りた額、100万ベルン。195万ベルン稼がなくては、ここから出られないってことか・・・。
「では、これからエターナルの世界へ運びます」
「ちょ、ちょっと待って、向こうにいって先ず、何をしたらいいの?」
「それはあなたが決めることです」
辺り一面ブル―の世界からホワイトアウトになる。
「それでは、ようこそエターナルの世界へ。あなたに希望があらんことを・・・」
次回からエターナルの世界です。