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曲線状に伸びる白色の廊下と同化するような白衣を纏った男が、後ろに一人の男を引き連れ歩いている。右胸のネームプレートには《技術責任者》、つまりこのゲームの総責任者にして開発者、『武藤 帯刀』である。
行き先は『第三号室』。そこにいる参加者に説明と参加する意思を決定づける為。
「第三号室の奴らはやりますかね?」
部下が武藤に話しかける。
「やってもらわないと困る。第一、第二号室に匹敵する人数だからな」
この開発されたゲームの中でサンプルを取りたいことがあった。それは人の動き。ゲーム経験者、武道など経験した者、そしてまったくのゲーム初心者。この初心者が楽しいと思われて、万人に認められるゲームとなる。
だからこそ、第三号室に集まる金のない者たちが必要だった。第一号室のような、前回の《経験者》や、第二号室のような他ゲームで生活している《実力者》ではなく、根本的にゲームに無縁の存在がどうしても欲しかったのだ。
しかし、如何に上からの命令でも『条件』が厳しすぎる。この条件を、第三号室にいる奴らの心を掴まなくてはならなかった。
「鴉は潜ませているな?」
第三号室の大きな扉の前まで来た所で、武藤は部下に尋ねた。
「もちろんで御座います。あとはうまくやると思います」
武藤は五感を取り入れたゲームを開発するほどの優れた技術だけでのしあがった訳ではない。時には、人や金で様々な謀略を使い、この技術責任者の地位を確立させた。だからこそ、この状況でも彼は一計を考えていた。
その為の『鴉』…。
「よし、では参ろうか」
扉が開け放つと、風が突きる。中は多勢の人がせわしく待っていたのか、空いた扉を凝視していた。武藤達は視線を無視するかのように、平然と部屋の前方へと向かう。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。これよりMMORPG、『エターナル』の説明をさせていただきます」
檀上の真中に立ち、笑顔で武藤は話し始める。その2メートル先には、肉壁となっている群れが急に説明が始まることにざわつき始める。しかしそんなことは関係なく、武藤は話しを続ける。
「エターナルの簡単な詳細は知っていると思いますので、省かせていただきます。まず皆様にはここ、『ドーム』の地図と『IDカード』を渡しております」
『ドーム』とはここの建物のこと。そして8桁のID番号と所持者の名前が書かれたカードのことだった。
「このIDカードはエターナルの世界に入るために必要になっています。そしてこのエターナル最大の特徴をご説明いたします。このゲームはRMTを採用しております」
RMTと言う言葉に参加者はざわついた。言葉の意味がよく分かっていないようだった。
「皆様、お静かにお聞きください」部下の言葉に参加者は静かに耳を傾ける。
「簡潔に申し上げますと、エターナルの通貨単位はベルンと言います。1ベルン=100円とお考えください。いわば、ドルから円に換える行為だと思えば簡単だと思います。お金を変える機械はドームのあちこちに設置しておりますので、設置場所は地図に記してあります」
皆、一様に考えたことは同じだった。ゲームの世界でベルンを稼げば金が手に入る。ここに集められた者から考えれば、まさに『希望』のようなゲームだった。彼らの心に熱い何かが灯る。
「……と、ここまでがエターナル参加者のメリットですが、次にデメリットを言わなくてはなりません」
背筋が凍る。これからどんなことが言われるのだろうか、みな真剣な顔つきになる。
「参加するにあたって、毎月いくらかの《参加料》を支払っていただきます。その参加料を支払わなければ、生涯神代グループに忠誠を誓っていただきます」
「ど、どういう事だ!」
一番前に陣取って座って聞いていた、体格の良い男が立ち上がり、声を荒げ、罵声を武藤に怒鳴りつけているが武藤は怯まない。
むしろ、無表情で死の宣告にも似た言葉を言い放つ。
「そのままの通りですよ。このゲームに負ければ、一生涯の強制労働が待っていると思ってください」
強制労働、その言葉が全員の心に響いた。
「おい、聞いてないぞ!」
或る者は叫んだ。
「ど、どうなるんだ?一体…」
或る者は脅えた。
関係者たちはこうなると考えていた。しかし上からの命令ゆえ致し方なくの判断。武藤はこの状況を打開するべく策を出そうとしていた。
武藤はひとつめの策を放った。
「やかましいぞ、こらぁっ!」
突如、武藤の怒声が今までざわついていた部屋全体に響き渡る。関係者からの反撃ともいえる叫びに部屋中が静まり返る。
「よく聞け、お前らが今ここにいるのは金がない者達だ。人に騙された、倒産した、様々な理由で借金が出来たと思う。だが何故、借金が出来たとか考えているのだろう?そんなものは関係ないんだ。お前らに金がなかった。それだけのことだ」
武藤の語り掛けにいつしか聞き耳を立てている。武藤はこのまま話しを続ける。
「どうせあの時、ああしたら良かったとか思っているんだろう?人生の分岐点は二つしかないと考えているんだろう?いいか、ふたつしかない道だったら金の力で作ったらいいのだ。このゲームに参加して人生をやり直すための道を作ればいいと思わないか?」
更に力強く彼らに語り掛ける。自分の言葉で奴らが共感する様に熱弁する。
「今までのような借金まみれで帰るのならば、後ろのドアから出ていけ。しかし人生を変える道を作りたいのならば、ここに残り、ゲームに参加するべきなのだ!」
武藤の弁舌に言葉を失っている。静寂を保ち、皆一様に考え込む。
武藤はこの状況を見て心の中で勝ち誇る。
今こそ『鴉』が騒ぐときだった。
「お、俺はやるぞ!」
ひとり立ち上がり騒ぐ。
「お、俺もやってやる。人生を変えるんだ」
また騒ぐ。
その騒ぎがやがて大きなざわめきとなり、躍起する。全員立ち上がり、後ろに足を向けるものなどいない。彼らの足は前を向いていた。
「では全員参加でよろしいですね?ではこちらのドアから会場にいってください。」
武藤の後ろのドアが開け放つ。そのドアから光が満ちる。
「では皆様、ようこそエタールの世界へいってらっしゃいませ」
そのドアからの光は希望の光か、はたまた地獄からの光かわからない。