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エターナル  作者: 樫 あひる
nai
3/12

病院から家に帰る。親戚に家を借りている為、家賃は払わなくて済んでいたのは有り難かったが、山奥にあったので、とにかく狭い、野生の糞で臭い、遠いといった具合にとても最悪な場所だった。


しかし最悪な場所でも少しは良いこともあるものだ。


今夜も十二時きっかりと素晴らしい音色が流れてきた。その音色はヴァイオリンの旋律だった。


音色が流れ出したのは三ヶ月前。杏が少しの間、退院していた時間だった。


「おにいちゃん、きて。」


そんな声に杏に呼ばれて部屋に入った。その時に聞こえてきたのがこのヴァイオリンだった。見事に奏でていた曲の名前は『アメイジング・グレイス』だと後で知った。


「天使が引いているみたいだね」


あまりの小気味いい音色に聞き入ってしまう。四畳しかない杏の部屋が小ホールとなっていた。


様々な音楽が流れてはふたりして拍手をして楽しんだ。小一時間ばかり続いた旋律はやがて終わりを迎えた。


「演奏、おわったね」


杏はもっと聞きたそうに残念な顔になった。すると、突如閃いた顔をした。


「おにいちゃん、お願いがあるの。さっきの人にお手紙を書きたいからおにいちゃんが渡してくれない?」


「えっ、手紙?」


「うん、ダメ?」


 杏がこんなにも喜んでいるならばぜひ手紙を渡してあげたいと思ったし、何より自分も奏者がどんな方なのか気にもなっていた。


「分かった。そのかわり早く書けよ」


「うん!」


杏はまだ顔を知らない人に贈る手紙を渡せるという想いに喜んだ。


確かに早く書け、といったが杏の行動は早かった。まさか次の日の朝に書き上げるとは思わなかった。「はい」と笑顔で手渡した妹の目がどこか眠たそうだった。徹夜で書き上げたであろうその封筒は厚みを帯びており何枚も書き上げたのであろう。


早速届けることにした。聞こえてきた方角に足を運ぶが、その道は山間だった。塗装されていない道を通る。しかし行けども緑が生い茂り、虫や蜘蛛の巣などが歩く邪魔をする。


本当にこんな所にいるのか?そんな疑問が集うが、あれだけの音色に聞き惚れてしまっていたのだ。


聞き間違う訳はない。自分を信じ、更に進む。


すると明らかに作為的に平面となっている場所になり、小さな小屋があった。その場所に近づいていくと後ろから気配がした。


「ここでなにしとんじゃ!」


やけにドスのきいた声で発する方を見ると、二人の男が俺の顔を鬼気迫りながらこちらに向かってくる。いかつい声とこの場所には似合わない服装にすぐにやくざだと分かった。


「い、いや、あの…」


口が硬直し、言いたいことが言えない。武道で強い人と闘った時は恐怖したことはあるが、この二人は何をしでかすかわからない恐さがあった。


「ここはワシ等の敷地じゃ。用なかったら散れや」


自分を責め続ける罵倒が静寂な森の中に響き渡った。マジで恐い…。しかし杏が哲也で書いた手紙はどうしても渡さなくてはならない。


「あ、あの…!」


意を決す。胸壁が鼓動で叩かれる。言葉を選びながら言わなくてはならない。


「昨日、この辺りでヴァイオリンの音色が聞こえてきまして、それでですね、その、妹があまりにも感動しまして、どうしても手紙を渡したいと言っておりまして、心当たりなど、し、知らないでしょうか?」


緊張していて饒舌に話せなかった。しかし言いたいことは言ったつもりだ。おそるおそるやくざの顔色を窺ってみると、二人はお互いに顔を見合わせる。


「ぷっ、おい、聞いたかよ?」


「ああ、感動だとよ。あの音色が、くくっ…、あはははは」


二人は突如、爆笑する。訳がわからなかった。


「な、何がおかしいんですか?」


「いやなに、すまん、ククッ。で、手紙を渡したいんだろう?」


「はい、これですが?」


「あの音色を引く女は俺たちの知り合いでな。渡しといてやるよ」


「えっ、しかし?」


つい言葉を濁してしまう。この人たちに本当に手渡していいものか?


 「あまりこの辺をうろつかれても困るんだよ、兄ちゃん。しっかりと渡してやるから二度とこの辺うろつくなよ」

 

 「わかりました。ではよろしくお願いします」


他にどうすることもできない…。仕方なく男たちに手渡してこの場を去るしかなかった。帰る道中、本当にわたしてくれるんだろうか心配になり、家に帰ると杏が笑顔で玄関から走ってきた。


「ちゃんと渡してくれた?」


「ああ、渡したよ」


「どんな人だった」


かなり悩んだが、やくざの一言を思い出す。


『あの音色を引く女は俺たちの知り合いでな。』


「結構美人の女の人だったよ」


「そうなんだ、おんなのひとなんだぁ。わたしてくれてありがとね、おにいちゃん」


とんでもない嘘をついてしまった。かなり心配になってきたが、その夜その心配は一心された。


ヴァイオリンが聞こえてきたのだ。最初の音楽は、プロムナード、『展覧会の絵』だと後で知った。恐らく『彼女』は展覧したと教えてくれたようだった。


その後、音色は続いた。杏は入院でいなくなり、観客は俺一人になったが、毎日長い時間、短い時間はあったが、今まで欠かさず続けてくれた。


聞くのはこれが最後か…。何だか悲しくなってしまう。


感謝を心で何度も復誦する。


月夜にヴァイオリンの旋律はいつまでも鳴り響いた。



次話から本題に入っていきます

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