99 国境の山へ
近頃、ジャネットが毎日のように剣の手入れをしている。
庭での稽古が終わった後、ずいぶんと嬉しそうに剣を磨き始める。もちろん、俺がジャネットにプレゼントした竜殺しの剣だ。そんなに嬉しいものなのか。
なら、もう少し喜ばせてやるか。
俺は今日も庭で剣を磨き続けるジャネットに声をかけた。
「ジャネット」
「あん? 何だい?」
「そろそろ行くか」
「行く? 行くってどこにさ。あ、もしかしてデートかい?」
「まあ、そんなもんだ」
俺がそう言うと、ジャネットが手を止めて身を乗り出す。
「ホントかい!? それで、いったいどこへ行く気なのさ?」
「ああ、ちょっと山へでもと思ってな」
「山……?」
とたんにジャネットが微妙そうな顔になる。まあ、こちらには山ガールなんて概念もないだろうしな。いや、日本でも本当にあったのかは疑問だが。
不満げなジャネットに、俺は説明をつけ加える。
「ああ、山は山でもきっとジャネットが喜ぶ山だぞ。そこには珍しい動物が出るんだ」
「珍しい動物?」
「そうだ。そいつは空を飛び、硬いうろこを持ち、火を吐いて敵を焼き尽くすんだ」
「リョータ、それって……」
どうやらジャネットも察したらしい。
「どうだ? 狩りたいだろう?」
「もちろんだよ! やった、これであたしもドラゴンスレイヤーだ!」
やや興奮ぎみにジャネットが叫ぶ。そう、俺は彼女を竜の棲む山へ連れて行こうと思ったのだ。
案の定ジャネットのテンションは急上昇している。そんなに行きたかったのか。
「ところで、その山はどこにあるんだい?」
「ライゼンとの国境のあたりにあるそうだ。棲んでいるのはレッサードラゴンだそうだが、別に構わんだろう?」
「もちろん! ああ、今から楽しみだよ!」
「では、あさってにでも行くとするか。準備をしておけよ」
「あいよ、それじゃよろしく頼んだよ」
「ああ」
そんな感じで、俺たちは竜の棲む山へ向かうことになった。
そして当日。
俺たちはさっさと転移してその国境付近の山へとやってきた。ジャネットには魔法を隠す必要もないから楽でいい。
山は岩場が目立ち、少し肌寒い。いかにも魔物が巣食っていそうな場所だ。
ジャネットがあたりを見回しながら言う。
「この山かい。竜はどのあたりにいるのかねえ」
「慌てるな、これから連れていってやる」
昨日のうちにある程度下調べはしてある。すぐに会わせてやるさ。
と、ついさっきまで威勢のいいことを言っていたジャネットが急に弱気なことを言い始める。
「でも、ホントに竜なんて相手にして大丈夫なのかねえ……。Sクラスでもよく死んじまうんだろ?」
「どうした、怖気づいたのか? 俺の剣もあるんだ、今のお前なら問題ないだろう」
一応昨日のうちに試してみたからな。王国から竜殺しLV7の剣を借りてみたが、なかなかの斬れ味だった。
LV7でさえあの威力なのだから、ジャネットにプレゼントしたその剣ならば何の問題もあるまい。なにせそいつは竜殺しLV9なのだからな。
まあ、そんなわけで実は俺の方が一足早くドラゴンスレイヤーになってしまったのだが。
「でも、相手が相手だからねえ……」
「お前らしくもないな。それとも、俺の剣が信用できないか?」
「そ、そんなことはないよ! よ、よし、この剣でトカゲ野郎をぶった斬ってやる!」
どうやら踏ん切りがついたようだ。よし、そろそろ行くか。
「もう大丈夫なようだな。では行くぞ」
「ああ、いつでもいいよ! リョータ、頼んだよ!」
ジャネットが力強く声を上げる。それに応え、俺は竜の棲みかへと転移した。
転移した先も、植物に乏しい寒々しい岩場だ。そしてひらけた広場の中ほどには、俺たちが狙う獲物が悠然と寝そべっていた。
動物よりも、ひょっとするとロールスロイスのような車に例えた方がイメージしやすいかもしれない。茶褐色のうろこにおおわれ、大鎌のような爪を生やした巨大なトカゲ。
ずんぐりとしたその竜が、突然目の前に現れた珍客に興味を惹かれたかのように太い首を持ち上げる。
初めて見る竜を前に、ジャネットが一つ武者震いする。
「いいかいリョータ、あんたは手出しするんじゃないよ」
「もちろんだ。それではがんばれよ」
「まかせな! 腹いっぱい竜のステーキを食わせてやるよ!」
そう言うと、ジャネットは剣を抜いて竜へと駆け出していった。