95 リョータからのプレゼント
「ほら、ここにも切れ目を入れておくんだよ、カナ」
「うん、わかった」
そう言うと、カナがちょっと危なっかしい手つきで野菜に刃を入れていく。やれやれ、はりきるのはいいけどねえ。
リョータは朝からずっと家を留守にし、まだ帰ってこない。まったく、困った男だよ。
あたしは学校から帰ってきたカナといっしょに、今日の夕食をつくっているところだった。この頃カナはあたしに料理を習いたがってせがんでくるんだよ。この子も女の子なんだねえ、やっぱり。
「リョータ、褒めてくれる?」
「ああ、そりゃあ褒めてくれるさ。カナの手料理なら何だって口に入れるよ、リョータは」
リョータはカナに甘いからねえ。その甘さ、少しはあたしにも分けてもらいたいもんだよ。
それにしても、今日は朝からいったいどこに行ってるんだか。サラには呼ばれてないはずだし、レーナも今日は仕事なはずだし……。さてはまたどこかの女につかまってるのかねえ。自分では女の扱いに慣れているつもりなんだろうけど、リョータったら女に関してはまだまだ全然だからさ。心配ったらありゃしないよ。
しばらくして、玄関をノックする音が聞こえてきた。やっと帰ってきたみたいだね。
カナを食堂に残して玄関までやってくると、外に向かって声をかける。
「はいはい、どちらさま?」
「ジャネットか、俺だ。開けてくれ」
「はいはい、ただいま」
扉を開けると、リョータが澄ました顔で入ってくる。まったく、今日一日いったいどこをほっつき歩いていたんだか。
「あんた、今日は一日どこに行ってたのさ」
「ああ、まあその、ちょっとした野暮用だ」
「ふうん」
何さ、その「野暮用」ってのは。まったく、この男は……。
腹の虫がやや暴れ出したその時、あたしはリョータが手にしている剣に気がついた。あれ? その剣、いつものじゃないね。
「リョータ」
「ああ、何だ?」
「その剣、どうしたんだい? 見たことがないんだけど」
「ああ、気づいたか」
そう言うと、リョータが剣を鞘から抜き放った。
「へえ、こりゃまたずいぶんと立派な剣だねえ」
「そうだろう。俺もこの剣をつくるのには苦労したからな」
「つくる? これ、あんたがつくったのかい?」
「ああ」
「魔法で?」
「そうだ」
こともなげにリョータが言う。あたしにゃよくわからないけど、魔法で剣をつくるなんてそんな簡単なことじゃないだろうにさ。見た目はまだまだガキなのに、こういうところはホントに感心するね。
そんなあたしに、リョータが声をかけてきた。
「どうだジャネット、この剣は?」
「ああ、よくできてるよ。さすがだねリョータ、こんなものまでつくっちまうなんて」
「お前も少し試してみてくれ」
「あいよ」
リョータから剣を受け取ると、軽く一振り二振りしてみる。へえ、ちょっと大きめだけどこれならあたしでも十分使えるね。威力も申し分なさそうだ。
「使い心地はどうだ?」
「そうさね、ちょっと大きいけど使いやすいよ」
「そうか。竜も殺せる剣だ。大事に使ってくれ」
「ああ、わかったよ……って、え?」
言葉の意味がよくわからなかったあたしは、素振りをやめるとリョータの顔をのぞきこむ。
「そりゃ、どういう意味だい?」
「文字通りの意味だ。大事に使ってくれ」
「……あたしにくれるのかい? この剣」
「だからそうだと言っている。言ってただろう? ジャネットへのプレゼントだ」
リョータの言葉の意味をようやく理解し、あたしの頭の中が一瞬真っ白になる。
「ホ、ホントかい? あたしのために?」
「そうだ。一生懸命つくったんだ、大事にしてくれ」
「……リョータ!」
嬉しさのあまり、あたしは剣を手にしたままリョータに抱きついた。リョータはいつものように顔を赤くしながら、平静を装って視線をあたしからそらす。
「これ、あたしのためにつくってくれたのかい? あたしのために!」
「ああ。少し遅れてしまったがな。すまない」
「いいんだよ、そんなことは! あたしゃてっきり約束なんて忘れちまったのかと思ってたよ!」
「そんなわけはないだろう。これでも今まで約束は破ったことがないはずだぞ?」
「……もしかして、今日うちにいなかったのもこの剣をつくってたから?」
「まあ、そんなところだ」
「リョータ! 大好き!」
あたしは思わず叫びながら抱きつく腕に力をこめた。リョータってば、それならそうと言ってくれればいいのにさ。いつも言葉が足りなすぎるんだよ。
まあ、そこがいいところなんだけどさ。
「気に入ってもらえるといいんだが。受け取ってくれるか?」
「もちろんだよ! この剣、一生大事にするよ!」
リョータをガキ扱いしておきながら何だけど、あたしもまだまだガキだねえ。自分の感情を全然抑えることができない。危うく涙を流しそうになる。
玄関でひとしきり抱き合うと、あたしはリョータから身体を離して言った。
「今日は疲れたろ? ごはんできてるから食べようよ。 今日はカナも手伝ってくれたんだよ」
「ほう、それは楽しみだな。それじゃあいただくとしようか」
カナの名前を出したとたん、リョータの顔がだらしなくにやける。まったく、やけちゃうね。まあ、カナはあたしらの娘みたいなもんだから気持ちはわかるけどさ。
リョータからのプレゼントを大事に抱えながら、あたしはずいぶんとお疲れなご様子のリョータ――未来の旦那様といっしょにカナが待つ食堂へと向かった。