91 竜殺しの剣を求めて
次の日、俺はジャネットの剣を探す前にレーナのところへと向かった。ギルドで剣について聞いてみるのもいいだろう。
「リョータさん! こんにちは!」
受付に着くや、レーナが嬉しそうに声をかけてくる。俺も右手をあげてそれに応えた。
「ずいぶんと嬉しそうだな」
「ええ、だってリョータさんが来てくれたんですから。Sクラスになって以来、リョータさんギルドに全然来てくれませんし……」
「すまんな、この頃城からの依頼が増えていたからな」
「それはわかっているんですけど……。でも、たまには来てくれないとさびしいです」
少しうつむきながら、レーナが言う。
「それは悪かったな。安心しろ、今日はお前を頼りに来たんだ」
「そ、そうなんですか!?」
俺の言葉に、一転レーナが嬉しそうな声を上げる。
「わ、わかりました! 私にわかることなら何でも聞いてください!」
「ああ、よろしく頼む」
目を輝かせるレーナに、俺はさっそく聞いてみる。
「レーナ、お前剣にはくわしいか?」
「剣ですか? くわしいというのは剣の構造などについてですか?」
「いや、どんな剣があるかとか、有名な剣についてとかそんなのだ」
「ああ、そちらですか。そういうのでしたら私も多少はわかります。これでもギルドの受付ですから」
少しほっとしたように笑うレーナ。そんなレーナに俺は聞いてみた。
「それはよかった。なら聞きたいんだが、竜を殺せそうな剣に何か心当たりはないか?」
「竜を……? そうですね、王国の宝物庫には剣聖ローランが振るったと言われる伝説の竜殺しの剣が収められていますが……」
「ああすまん、そういう国や教会のお宝ではなく、どこかに隠されているとか風の噂とか、そういう類の話を聞きたいんだ」
この国のお宝なら、すでに目録で確認済みだからな。
「噂、ですか……?」
「ああ。冒険者が噂している名剣とか、そういう話はあったりしないか?」
「ええと……ごめんなさい、そういうお話はあまり聞かないです……」
「いや、知らないなら別にいいんだ」
申し訳なさそうにうつむくレーナに、俺は気にしないように言う。まあ、そんなに都合よく噂があるわけもないか。
すっかりしょんぼりしているレーナに、俺は別の質問をする。
「では、竜がいそうな場所など心当たりはないか? 別にこの国でなくても構わん」
「竜が棲む場所ですか? それでしたらいくつかありますよ」
落ちこんでいたレーナが、目を輝かせて顔を俺へと向ける。
「ライゼンとの国境付近にはレッサードラゴンが棲みつく山がありますし、西のムルネー湖には湖の主がいて、その正体がドラゴンだとも言われています」
ほう、この国にもいるのか。湖の主などは気軽に狩るわけにもいかなそうな気もするが。
レーナが不思議そうに聞いてくる。
「そんなことを聞いて、いったいどうするつもりなんですか?」
「ああ、ジャネットが竜を殺して名を上げたいと言っていてな」
「竜を!?」
俺の言葉に、顔色を変えてレーナが目を白黒させる。
「そ、そんなのダメです! リョータさんも止めてください! 危険すぎます!」
「そんなに危険なのか?」
「当然です! 名を上げようと竜に挑んでその命を散らした冒険者は、数えればキリがありません!」
「そうなのか」
まあ当然と言えば当然か。やはりドラゴンは強いようだ。
「だが、レッサードラゴン程度なら何とかなるんじゃないのか? ジャネットも一応Sクラスの剣士だぞ?」
「危険なことに変わりはありません! そのレッサードラゴンに挑んで殺されたSクラスだっているんです! 絶対に行ってはいけませんよ? もちろんリョータさんもです!」
「わ、わかった」
心配してくれるのは嬉しいが、少々過保護な気がするな……。レーナの剣幕に、俺は思わず頭を縦に振る。
それを見て、レーナが大きな胸を張ってうんとうなずく。
「わかってくれればいいんです。いいですね、絶対に行ってはいけませんよ?」
「わかった、約束する」
行くなといわれると行きたくなるのが人情というものだがな。まあ、レーナには黙っておくことにしよう。
剣については情報が得られなかったが、竜がいるという話は朗報だ。剣を渡して連れて行けば、きっとジャネットも喜ぶだろう。
「それじゃあ俺はこの辺で……」
「そんな、まだ来たばかりじゃないですか!」
帰ろうとした俺の腕を、レーナがすかさずつかんでくる。今の速さ、俺の対応できる速さを超えていたような気が……。
「この後、少し用事があるんだが……」
「で、でも、もう少しくらい時間ありますよね? ね、いいでしょう? そうだ、私お茶をいれてきますね!」
うむを言わさぬ調子でそう言うと、レーナはお茶を注ぎに受付の向こうへと行ってしまった。こいつ、こんなに押しが強い女だったろうか……。
ギルドに寄ったらすぐにジャネットにプレゼントする剣を取りに行くつもりだったが、レーナにつかまってしまった俺はそれからしばらくの間茶飲み話をするはめになるのだった。