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9 王都・高級料理店にて





 王都に転移した俺は、少し街中で情報を収集する。


 王都と言うだけあって、今まで見た中では大きな街だ。大通りの両側に店や家が密集し、地方の大都市というよりも首都圏の裏通りに近い雰囲気かもしれない。


 遠くの方には、街を取り囲む高い壁が見える。壁までの距離はそんなに遠くはない。半径はせいぜい3,4キロ程度か。


 ということは、街の面積はざっと40平方キロメートル前後だろう。家の密集具合から察するに、人口密度を千人毎平方キロとすれば人口は四万人近辺といったところだな。


 中世ヨーロッパでは、人口が二万人を超える都市は数えるほどしかなかったらしい。そう考えると、この街はかなりの規模ということか。


 もっとも、この世界の文明水準が中世ヨーロッパ並みであると仮定した場合の話だが。




 一通り街を回った俺は、目的の店へと足を運ぶ。


 到着したのは、王都でも有数の高級料理店だ。さっき酒場で聞いたところによれば、王室御用達ごようたしの座を狙う一流有名店らしい。ナンバー1を目指している二番手の位置、というのがポイントだ。


 店の門構えは大層立派だ。ずいぶんと儲かっているようだな。一見いちげんお断りな空気がぷんぷんする。だが、まあ大丈夫だろう。


 俺が店の扉を開くと、受付のボーイが声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。お客様は当店のご利用は初めてですか?」


「ああ」


「失礼ですが、紹介状などはお持ちですか?」


 やはり一見お断りか。まあいい。


「これでどうだ?」


 言いながら、俺はボーイに上銀貨を一枚握らせる。途端にクールだったボーイの目の色が変わった。


「料理長と話がしたいんだが、通してもらえるか?」


「し、しかし、ご紹介がないと、規則ですので……」


 迷いの見えるボーイにここぞとばかりに駄目を押そうと、ことさらにわざとらしい調子で俺は言った。


「それは残念だ。通してもらえればもう一枚、商談がうまくまとまればさらにもう一枚やろうと思ってたんだがな」


「ま、待ってください!」


 上銀貨をチラつかせながら背中を向ける俺に、ボーイが慌てて声をかける。ふん、食いついたか。押してダメなら引いてみろ、だな。


「大丈夫です、お席を用意いたします。どうぞこちらへ」


 そう言って、ボーイが俺を店内へと通す。まったく、ちょろいものだ。




 ボーイに案内され、俺はホールの中ほどの席に着いた。


 注文を聞かれたので、俺が買いつけたのと同じ魚を使った料理を注文し、料理長にここへ来るよう言づてを頼む。


 それから、俺はボーイの手に上銀貨を一枚握らせる。ボーイは嬉しそうな顔をすると、どうぞごゆっくりとその場を後にした。


 ソムリエ風の店員が目の前で注いだワインを片手に、俺は店内をぐるりと見回す。


 さすがに王都一の店を目指しているだけあって、高級感のある内装だ。安い酒場と違い、テーブルクロス一つ取っても質感が素晴らしい。テーブルや椅子も木目が美しい重厚な造りだ。


 店の客も明らかに上流階級といった身なりの連中ばかりだ。まったく、昼間からいいご身分だな。


 これまた質のいいパンをちぎり、スープをすすりながらしばらく待ってると、メインの魚料理がやってきた。


 俺が買いつけたのと同じ高級魚を使った焼きものにナイフを入れ、口に運ぶ。


 うむ、明らかに冷凍ものだな。俺の舌でもわかる。


 この皿だけを出されたのならばわからなかったかもしれないが、先立って王室御用達の店に行ってきたからな。大枚をはたいて同じ料理――正確には冷凍ものではなく生魚を使った料理――をすでに食ってきている。


 今俺が食っている皿は上銀貨一枚と大概な値段だが、向こうで食った皿はあろうことか上銀貨三枚というぼったくりのような価格であった。王都で一つの家庭が丸一か月暮らせる額である。「生」を売りにするだけで、こうも値段が違うものなのか。


 もっとも、大して舌が肥えているわけでもない俺でさえ、現にこうしてその差がはっきりとわかるのだ。食通どもなどにとっては重大な差なのかもしれない。


 あるいは味など別に関係なくて、高い生魚を食うという行為自体が金持ちにとっては一種のステータスなのか。ふん、くだらんな。



 焼きものをしばらくつついていると、向こうから白い料理服を着た男がやってきた。この男が料理長なのであろう。そばまで来ると、にこやかに言う。


「わたくし、こちらの料理長を務めさせていただいております。お客様、お味の方はいかがでしょうか」


「ああ、悪くない」


 おもしろくもなさそうに言う俺に、料理長が表情を崩さずに「さようですか」とうなずく。内心では生意気な小僧が、とでも思っているのかもしれない。


「だが、しょせん冷凍物だな」


「は?」


「先ほど『グラン・ソワール』で出された生魚と比べるとな。金のある人間なら十人が十人、あちらへ行くだろう。どんなに料理人の腕があろうと、な」


「……」


 王室御用達の店の名前を出すと、何か言いたげな様子で料理長が黙りこむ。ふふん、同じ食材なら負けはしないと顔に出ているぞ。どうやら自分の料理の腕には自信があるようだな。合格だ。


 黙ったままの料理長に、俺が低い声で問いかける。


「料理長、お前も料理人なら生魚で勝負したくないか?」


「……勝負したいのは山々ですが、生魚は全て『グラン・ソワール』に押さえられているのです。我々には扱えません」


 残念そうな、憎しみのこもった声で料理長が言う。これはもう釣れたも同然だな。


 俺は料理長に意味ありげに笑いかける。


「手に入るとしたら、どうする?」


「……何ですと?」


「お前に、ぜひ見てもらいたいものがあるんだ」


 そう言って俺は自分の足元に、買いつけた魚が入った箱を転移させる。王都に着いた時、氷屋で買った氷と共に土の中に埋めておいていたのだ。


 箱をテーブルの上に置いた俺は、ゆっくりとふたを開ける。中に入っていたものに、料理長が驚きの声を上げた。


「こ、これはリワーマ!? しかも冷凍ものではない……いや、それどころかこれは獲れたてそのものではないか!」


 箱の中の魚に目を丸くする料理長。当然だ。今朝釣れたばかりなのだからな。


「お前ならわかるだろう? この魚の価値が」


「も、もちろんだとも! こんな魚、『グラン・ソワール』だって手に入れられやしない! あんた、いったいどこでこれを……」


「それは言えないな。もしお前がこれを使いたいなら取引をしたいんだが、権限のある人間は今店にいるか?」


「わ、わかった! 今呼んで来る!」


 そう言うと、料理長は血相を変えて飛び出していった。


 ふむ、ものを見る目も確かなようだな。この魚にどれほどの価値があるのかよくわかっている。


 俺にして見れば、ただの魚にすぎんのだがな。それがお宝に化けるというのだから、世の中は不思議なものだ。




 やがて、向こうから料理長と共に恰幅のいい男がやってくる。あの男が支配人か何かなのだろう。


 さて、楽しい商談の始まりだ。



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