89 賢者との語らい
ソファに腰かけ、俺たちに軽く一礼する賢者ラファーネ。俺とジャネットも礼を返す。
こうして見ると、やはり美しい。ゆったりとした法衣を身に着けているためスタイルははっきりわからないが、とりあえず出るところは出ているようだ。
そのラファーネが、俺たちに向かい口を開く。
「あらためまして、ラファーネと申します。リョータ様、ジャネット様、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「よ、よろしく」
ぎこちなく頭を下げると、ジャネットが俺の耳元でささやく。
「リョ、リョータ、賢者様に様つけられちゃったよ、どうしよう……」
「別に気にするようなことでもないだろう」
「いや、何だかおそれおおくてさ……」
そわそわしながらジャネットが言う。さっきまでサラ相手にあれほどなれなれしく話していたというのに。それとも、案外気をまぎらわせようとことさらにそう振る舞っていたのだろうか。
「で、話とは何だ」
「はい。殿下の信頼厚いリョータ様に、少々お話をうかがいたかったのです」
「そうか。別に楽しい話などないが、それでも構わないか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
そう言いながらほほえむ。
そして、俺の顔をのぞきこむように質問をしてきた。
「さっそくなのですが、リョータ様はどちらのご出身なのですか?」
「わからない。昔のことはよく憶えていないんだ」
「そうだったのですか、申し訳ありません」
「いや、気にしなくていい」
嘘をついているのは俺だしな。下手に設定をつくるよりも、記憶がないことにした方が余計なボロも出ない。マンガやラノベのテンプレは偉大だ。
俺に気をつかったのか、ラファーネが話題を変える。
「お二人は共にSクラスとうかがっておりますが、冒険者になってから長いのですか」
「いや、そうでもない。俺は今年ギルドに入ったばかりだからな」
「今年ですか?」
少し驚いた表情になるラファーネ。見れば、サラも驚いているようだった。
「そうなのか、リョータ? それは私も初耳だぞ?」
「そうか、サラにも言ってなかったか」
「ああ、そういやそうだったねえ」
昔を思い出すようにジャネットが言う。
「リョータったら、初めて会ったときに上のクラスを受けたいから口添えを頼むって言ってきたんだよねえ。で、そのかわりにあたしと手合せしてもらったんだよ」
「あのときは引き分けに持っていくのが精いっぱいだったな」
「あたしもまんまとだまされたよ。あんたがまさかこれほどの大物だとは思わなくてさ」
そう言ってジャネットが笑う。
「お二人はそのときからのおつき合いなのですか?」
「ああ。もっとも、次に出会ったのはジャネットが魔族に襲われているときだったがな」
「あのときのリョータはホントカッコよかったよ。空飛ぶ魔族よりさらに高く飛んで仕留めちまうんだから」
そう言いながら、うっとりした目つきで俺の顔を見上げる。
「思えばあのときだよねぇ、あたしがリョータにぞっこんになったのは」
「初めてあったときは『あんな坊やに手を出すほど落ちぶれちゃいない』なんて言っていたものだがな」
「え? そんなこと言ったかい?」
都合よく忘れてくれるな。羨ましいよ、お前のそういうところ。
「ちなみにサラと初めて出会ったのは、その魔族が襲来した日だ」
「ああ、そういえばそうだったな」
「印象はお互い最悪だったな」
「否定はしないさ」
「で、サラもリョータに助けられてコロッと惚れたクチなんだよね?」
「なっ!? わ、私はそんなのではない!」
サラが思わず立ち上がる。ジャネットも大分緊張がほぐれてきたようだ。いつもの調子に戻っている。
そんな様子を見て、ラファーネが口元に手を当てほほえんだ。
「皆さん、仲がよろしいんですね」
「そうか? 俺たちはだいたいいつもこんな感じだが」
「そうなのですか。私はこんなに楽しそうな殿下を拝見するのは久しぶりでしたので」
「むっ? 私は別に浮かれてなどいないぞ」
やや不服そうにサラが口を尖らせる。
「ははあ。姫様、あんた友だちいないんだろ。賢者様もあんたのむすーっとした顔しか知らないんじゃないのかい?」
「ジャネット、ずいぶんと舌がなめらかになってきたようではないか。どうだ、たまには稽古でもつけてやろうか? せっかくなのだし、いっそ真剣でな」
「へえ、おもしろいじゃないか。あたしもそろそろ姫騎士様から一本取れるんじゃないかと思ってたところだよ」
睨み合う二人から、何やら危険なオーラが立ち上る。一触即発とはこのことだな。
そんな二人を見つめながら、ラファーネが俺に語りかける。
「本当に仲がよろしいんですね」
「俺には敵同士にしか見えないが」
「殿下とこのように接することができる方など、そうはいませんから」
「そういうものなのか」
首をひねる俺に、ラファーネがほほえむ。
「今日はお二人の人となりを知ることができてよかったです」
「賢者殿のめがねにはかなったかな」
「もちろんです。これからも殿下をよろしくお願いいたします」
立ち上がって剣を手に取る二人を横目に、俺とラファーネは笑い合った。