88 さらなる出世
仲間になってもらいたいというサラの言葉に、俺は思わず顔を引きつらせる。
そんな俺を気にせず、サラは話し始める。
「仮にミレネー男爵にガーネルの領地を与える場合、彼が今持っている領地が空くことになる。そこで、その領地も誰かに与えて有効活用しようという話が上がっていてな」
「そこに俺が収まれと」
「そういうことだ」
それを聞いて、ジャネットが再び興奮する。
「ホントかい!? 凄いよリョータ、男爵様だよ、男爵様! 伯爵様に比べりゃちーっと格は落ちるけど、それにしたって大したモンさ!」
「わかった、わかったから落ち着け、ジャネット」
それと、俺の肩をつかんでがくがく揺さぶるな。
ジャネットの手から逃れると、俺はサラに聞く。
「どうしてそんな話が? お前の発案か?」
「まさか、私も王都に帰って初めて聞いた話だ。実際、今回の反乱鎮圧といいこれまでの貢献ぶりといい、お前の功績は領地を授かるに十分なものだしな」
「そうなのか」
「ああ。それに、連中によればお前は私のお気に入りなのだそうだ。それもあってお前を推しているらしい。きっと王党派についてくれるはずだ、とな」
その言葉に俺がため息をついていると、ジャネットが意味ありげに笑う。
「連中によれば、ねえ。正直に私のお気に入りって言えばいいのに、素直じゃないんだから、このお姫様は……」
「うるさいぞ、ジャネット」
小うるさげにジャネットを睨みつけると、サラは話を続けた。
「そういうわけで、おそらくお前はしばらくすれば男爵になるはずだ。心の準備をしておいてくれ」
いや、心の準備と言われても。
「さっきの話と矛盾していないか? 俺を勝手に出世させるなど、大貴族どもが黙ってないんじゃないのか?」
「安心しろ、ガーネル領はこの国でも屈指の広さと豊かさを誇る地域だから騒ぎにもなるが、ミレネー男爵領くらいなら誰も気にも留めないさ。それに、領地といってもガーネルの領地の五分の一にも満たんしな」
「男爵になることには問題はないのか?」
「もちろんこころよくは思わないだろうが、だからと言ってそれを突っぱねるにはお前の功績は巨大すぎるといったところだ。伯爵となれば話は別だがな」
「そういうものなのか」
「ああ」
よくわからんが、貴族どもも反対はできないらしい。まあ、話から察するに男爵なら大して目もつけられないようだ。泥沼の権力闘争などごめんだからな。
とりあえず、俺は気になったことを聞いてみる。
「領地と言うが、それはどこにあるんだ?」
「うむ、王都からは少々遠いな。王国でも北西の端、モンドとの国境近くだからな」
「ちょっと待ってくれ。俺はそんなところで暮らさなくちゃいけないのか?」
「えっ、えええ? じゃああたしらもそこに住まなきゃいけないのかい!?」
俺とジャネットが思わず叫ぶ。もっとも、俺は転移魔法で移動できるから別にさほど困りはしないのだがな。
そんな俺たちにサラが笑う。
「そう言うと思っていたよ。安心しろ、お前たちは引き続き今の屋敷に住んでもらって構わん。領地には管理者がいればいいからな。それはこちらで手配しておくから心配するな」
「そうか。よろしく頼む」
王党派としては俺がいない方が都合がいいのだろうがな。領地も自分たちの息がかかった者に管理させるのだろう。まあ、そんなことは一向に構わんが。
「そういうわけで、お前たちの暮らしが変わることは特にない。さしあたっては、そのうち式典があるだろうからその準備でもしておいてくれ」
「準備とは?」
「特に何があるわけでもないさ。そうだな、カナが着る服でもみつくろってやったらどうだ?」
「ああ、そうだな」
カナも少し背が伸びたようだしな。というか、以前は奴隷生活でろくに栄養もとれなかったから発育がよくなかったのだろう。
「それなら、あたしにも新しい服を買っておくれよ」
そう言いながら、ジャネットが俺にしなだれかかってくる。
「珍しいな、ジャネットはそういうのには興味がないんじゃなかったのか」
「バカだねえ、惚れた男に買ってもらうからいいんじゃないのさ」
「なるほど」
プレゼントなら嬉しいということか。プレゼントといえば、ジャネットにやると約束した剣も探しにいかないと。帰ってきたら帰ってきたでやることが多いな。
俺とジャネットのやりとりを見つめながら、サラが言った。
「とりあえず、私からお前に伝えることは以上だ。それと、ラファーネ殿がお前と話をしたいそうだ。ラファーネ殿、どうぞ」
「ありがとうございます、殿下」
そうほほえむと、ラファーネは俺たちに向かいあらためて一礼した。