86 魔族の暗躍
「まずはガーネル伯の件についてなのだが」
俺たちの顔を一瞥しながら、サラがゆっくりと話し始める。
「ラファーネ殿に見てもらった結果、やはり魔族が関与しているという線が濃厚になった」
「やっぱりか」
「もっとも、まるっきり操られていたわけではなく、元々持っていた野心を魔族に利用されたという方が近いがな」
「なるほど」
ならば、やはり言い逃れはできないな。以前サラが処刑は難しいと言っていたが、それなりの処分はあるのだろう。
「それにしても、魔族が絡んでいたとなるとやっかいだな」
「まったくだ。もし問答無用で人を操る力があるのなら、国中の大貴族を操って反乱を起こすだけで我が国は大混乱だ。さすがにそこまでの力はないというのが救いだな」
「おっかないねえ、あいつらはあたしらの頭の中までいじれるのかい?」
ジャネットが身震いしながら言う。そこまではできないという話を今していたのだが。ろくに俺たちの話を聞いてなかったのだろう。あるいは単によく理解できなかったのか。
「安心しろ、連中はそこまではできないそうだ」
「そうかい? そりゃよかったよ。ああ、でもリョータの心を操れれば、すぐにあたしに惚れさせることができたんだけどねえ」
急に何を言い出すんだ、こいつは。冗談じゃないぞ。
そんな俺たちにせき払いを一つすると、サラが話を続ける。
「大方我々の背後を突かせようという魂胆だったのだろうな、魔族としては。今回は未然に防ぐことができたが、もし気づかなかったならばどうなっていたかわからない」
そう言うと、サラはラファーネの方を見ながら言った。
「そんなわけで、これからラファーネ殿には各貴族の領地を回って妙な者がいないかどうか調べてもらうことになった」
「そんな条件、貴族は飲むのか?」
「飲んでもらうさ。その意味では、今回の反乱は怪我の功名だったかもしれん。さすがにこんな事件が起これば、貴族たちとて反対するわけにもいかない。反対などしようものなら、王家に対して何か含むところがあるのかと思われかねないしな」
「なるほどな」
うなずくと、俺はラファーネの方へと視線を向けた。
「お前も大変だな」
「いえ、そんなことはありません。それに、私は王家に忠誠を誓った身ですから」
「そうか」
俺にはとてもできそうにないな。王家に縛られるなどまっぴらだ。まあそうは言っても、俺にしたところでこうしてサラにこき使われているのだから、その意味ではラファーネと大して変わらんのかもしれんが。
俺は再びサラへと視線を戻す。
「だが、そうなると他の国はどうなんだろうな。他国にもラファーネのような魔法士がいるのか?」
「そうだ、まさにそこが問題なのだ。おそらくどの国もそれなりの魔法士を抱えてはいると思うのだがな。ラファーネ殿のようにあやしい者をチェックできる者がいるかまではわからない。とりあえず、今回のことは各国に伝えて注意をうながすつもりだ」
「国の恥をさらすことにはならないのか? お偉いさんはそういうことにうるさいだろう」
「それはそうなのだがな。そうも言ってはいられない。いくら我が国が国内に目を光らせたところで、他の国々が魔族の手に落ちてしまったのでは打つ手がないからな」
「それはごもっとも」
サラの言葉に納得すると、俺は何気なくつぶやいた。
「それにしても、ガーネル伯とやらの処分はどうなるのだろうな。処刑はないと言うが、何もしないわけにもいかないだろう? やはり領地没収くらいのことはするのか?」
「そう、そのことだ」
単なる興味本位のつぶやきに、意外にもサラが反応した。
「少し話が長くなるというのも、実はその件がからんでいるからなのだ」
「どういうことだ? 俺がガーネル伯の首を斬ることにでもなったのか?」
「そうではない」
苦笑すると、サラは俺に笑顔を向けた。
「喜べ。これから話すのは、お前の出世の話だ」