83 ジャネットの妙案
俺たちがガーネル伯の本拠地を制圧してから数日後、王都から増援が到着した。残念ながらその中に噂の賢者様とやらはいなかったが。彼女と会うのは王都に帰ってからのお楽しみとすることにしよう。
いろいろと戦後の処理などを片づけた後、俺たちは王都へと出発した。増援部隊も一部ついてくるので、帰りは100人近い大人数となる。行きのように大急ぎで馬を走らせるわけではないので、王都までは数日かかるそうだ。
今回の内乱に関わりの深い人間もいっしょに運んでいるのだが、主だった役人や軍人が荷馬車に放りこまれてるのに対し、ガーネル伯の一族は明らかに旅用の立派な馬車に乗って運ばれている。さすが大貴族、平民とは扱いがまるで違う。何と言うか、馬に乗っている俺やサラたちより快適な旅をしていることにはどうも釈然としないものがあるな。
それはジャネットも同様らしく、俺の隣に馬を並べると、憎らしいほど悠然と前を行く馬車に向かい愚痴をこぼす。
「まったく、貴族サマってのはお偉いもんだねえ。反乱を起こしたってのに、罰を受けるどころか王都まで優雅な馬車の旅ときたもんだ」
「まあ、王都に着けば罰は受けることになると思うがな」
「そうじゃないと困るよ。姫騎士様でさえ馬だってのに、これじゃ話があべこべじゃないのさ。この国は、ホントにこれで大丈夫なのかねえ……」
腹立たしげに言うジャネットだったが、しばらく馬車を睨みつけた後、何か思いついた様子で俺の方を見た。
「あ、そうだ、リョータ。あたし、今名案がひらめいたよ」
「名案?」
俺が聞き返すと、ジャネットは薄い胸をそらして得意げな顔をする。正直、嫌な予感しかしない。
聞きたくはなかったが、そうも言っていられないので、俺はジャネットに尋ねた。
「名案っていうのは何だ?」
「リョータ、あんた今じゃ貴族だろ?」
「あ、ああ」
質問に質問で返され、俺はとりあえずうなずく。
それを見て、ジャネットは実に満足げに口を開いた。
「だからさ、いっそあんたが反乱起こして王様になっちまいなよ」
「……は?」
あまりに突拍子もない発言に、俺は思わず馬鹿みたいにあんぐりと口を開ける。こいつ、頭大丈夫か?
「冗談だよな、ジャネット?」
「冗談なものかい。あんたが王様になっちまえば、この国だって少しはマシにできるだろ? 少なくともあんな貴族サマがのさばったりはしないだろうさ」
「……いろいろ突っこみたいんだが、もし失敗したらどうする?」
「平気平気、あんたは貴族なんだからすぐには処刑なんてされないさ」
いや、俺みたいな名ばかり貴族は即さらし首だと思うが。
「それに、あたしが手伝うんだから大丈夫さ。ホントはあんた一人でもそのくらいわけないんだろ?」
「いや、さすがに無理だろ」
こいつ、俺を何だと思ってるんだ。まあ確かに、王様の首を取るだけなら今すぐにでもできそうではあるが。
余程自分のアイデアが気に入ったのか、ジャネットがニカリと笑う。これは一応釘をさしておいた方がいいか。
「あのなジャネット、俺も常識に欠けている方だとは思うがな。さすがにこんなところで反乱だの何だのと軽々しく言うのは冗談でもどうかと思うぞ。第一、そんなことサラが黙って見逃すはずがないだろう」
「そうだな。よりによって私の前で謀反を企てるとは、やはりお前は大した男だよ、リョータ」
「うおおおっ!?」
いつの間にか俺の隣に馬を並べていたサラに、俺は思わず叫び声を上げる。こいつ、いつの間に!? まさか転移魔法か?
「じょ、冗談だぞ、サラ? 今のはジャネットが思いつきでしゃべっていただけで……」
「お、いいところに来たね、サラ」
うろたえる俺とは裏腹に、ジャネットが待ってましたとばかりにサラに声をかける。こいつ、火に油を注ぐつもりか?
サラはあきれた顔でジャネットに言う。
「何がいいところだ。今の話だと、私はお前たちの敵になるんだぞ?」
「何言ってるのさ。あんたも手伝うんだよ。で、革命に成功したらリョータが王様、んであんたが王妃様さ」
「なっ!?」
思いもしなかったのだろう。ジャネットの言葉に、サラが目を白黒させる。
驚くサラに、ジャネットが何を今さらといった目を向ける。
「王様になるにも格ってやつが必要なんだろ? だったらあんたが王妃様になるのが一番さ。いいじゃないか、あんたも身分の差を気にしなくてよくなるんだから。リョータのそばにいられるなら、あたしゃ別に妾でも構わないよ」
「ちょ、ちょっと待て! 勝手に話を進めるな! どうして私がリョータの、その……妻にならなければならないんだ」
そう言うサラの顔が赤くなる。怒りなのか、それともまんざらでもないのか? いや、仮に後者だとして、サラまでやる気を起こしたらえらいことになってしまうわけだが。
そんなサラに、ジャネットがウィンクを送る。
「何を今さらなこと言ってるんだい。そんなのみんなわかってるさ。ねえリョータ?」
ねえ、と言われても。ここで肯定などしようものなら、俺の首は直ちに胴体とお別れしかねない。
だから、その問いは黙殺してジャネットに言う。
「言っておくが、俺は王になどなるつもりは毛頭ないぞ。お前たちの相手だけでも大変なのに、国なんぞ背負えるわけがないだろう」
「何だい、欲がないねえ。……あ、そうか、リョータは国よりもあたしのことの方が大事なんだね? 何だい、だったらそうと言ってくれればいいのに」
「どうしてそうなる」
俺の言葉には取り合わず、ジャネットはサラに向かって言った。
「残念だったね、姫騎士様。リョータはあんたをお妃に迎えるつもりはないってさ。あ、でもあんたが家を出ちまえば妾くらいにはしてもらえるかもしれないよ?」
「ふ、ふざけるな! 私が国を捨てるような真似をするはずがなかろう!」
「あ、あんた今国の話持ち出して、妾の話をごまかそうとしたね」
「ち、違う! それに、そんな話は論外だ! くだらん!」
「あーあ、そんなに怒っちゃって。どうやら図星だったみたいだね」
「そんなわけがあるか!」
顔を真っ赤に染めてジャネットに怒鳴ると、サラは俺を睨みつけた。
「いいかリョータ、間違っても謀反など起こす気になるなよ。その時は、この私が貴様の首を叩き落とす」
そう言って、サラはまた後ろの方へと戻っていった。えらく強く否定されたが、あれは額面通りに受け取るべきなのか、それとも「押すなよ!」的な前フリと捉えるべきなのか。わからん。
一人悩んでいるところに、ジャネットが声をかけてくる。
「まったく、サラも素直じゃないねえ。こりゃあんたの方から押してやんないと、いつまでたっても話が進まないよ」
「ジャネット、あまりサラをからかうな」
「肝心のリョータがこれだ。ある意味お似合いなのかもしれないねえ、あんたたち」
そう言ってニヤリと笑う。いや、俺はそういうことを言っているわけではないのだが。
「ま、さっきの話、その気になったらいつでも声をかけておくれよ。何、サラだってあんなこと言ってるけど、その時になりゃ真っ先に駆けつけてくるさ。なんならここじゃなくて他の国を乗っ取ったっていいんだしね」
「わかったわかった」
右手を振って、俺は話を強引に打ち切る。まったく、こいつはそんなに俺に王様になってほしいのか。
冗談じゃないぞ。周りの人間さえ治められないというのに、国の国民どもなんぞ治められるわけがあるか。ジャネット、サラ、それにレーナ……。
う、この前の飲み会を思い出したら何だか胃が痛くなってきた。もしこれで、カナまであの中に加わってきたら……いや、カナに限ってそんなことはない。あいつはいつまでも俺の癒しでいてくれる……はず。
何だろう、急に疲れがどっと押し寄せてきた。正直、今回の旅で一番疲れたぞ。早く家に帰って、カナにうまい茶でもいれてもらおう。うん、そうしよう。
王都に到着するまで、結局5日ほどの時間を必要とした。