81 背後の影
冗談交じりの雰囲気から一転、真面目な顔になったサラがオレに向かって尋ねてきた。
「ガーネル伯を捕らえたと言っただろう?」
「ああ」
「そのガーネル伯の様子が妙なのだ」
「妙?」
訝しむ俺に、サラが続ける。
「先ほどもいろいろと問いただしてみたのだがな。今回の一件について、肝心なところで要領をえないことばかりいうのだ」
「要領をえない? 自分は無実だとでもしらばっくれてるのか」
「そういうわけじゃない。妙な動きを見せていたことや兵を起こしたことなどは認めているのだが、なぜそんなことをしたのかという動機を尋ねると、途端にわからないだのなぜだろうだのと言い出すのだ。なぜだろうと言われても、それはこちらが聞きたいのだがな」
「ははっ、違いない」
冗談めかしながらも、困ったという顔でサラが言う。別にしらばっくれているわけでもないのなら、いったい何なんだろうな。
「すっとぼけているのでもなければ、俺には少し理由が思い当たらないが。ジャネットはどうだ?」
話を振られ、ジャネットが学校の先生に当てられた生徒のような表情を見せる。
「あたしに聞かないでおくれよ。あんたらがわかんないのに、あたしのオツムでわかるわけないじゃないのさ。そのガーネル伯ってヤツ、もうボケちまってるんじゃないかい?」
「なら話は早いのだがな。残念ながら、ガーネル伯はまだ痴呆になるような年でもなければ、そんな様子でもない」
「じゃああたしにはお手上げだね。戦に負けて気でも狂ったんじゃないのかい?」
「それもありえなくはないのだがな。どうも狂人のそれとも違うような気がするのだ」
わからないというわりにははっきりとジャネットの言葉を否定していくサラに、俺は逆に聞いてみる。
「サラ、お前には何か思い当たるところでもあるんじゃないのか?」
その問いに、サラは薄い笑みを浮かべた。
「ふっ、さすがに鋭いな、リョータは。実を言うと、私は以前これに似た状況に出くわしたことがある」
そう言って、サラは机の腕で手を組んだ。すぐに話を続けないところをみると、俺に聞いてほしいということか。まあいいだろう。
「似た状況、とは?」
「うむ、以前王都でちょっとした事件があってな。私が敵のアジトを制圧したのだが、その時の連中の幹部どもがあんな感じだったのだ」
「ほう」
それは有力な情報だな。もっとも、サラの表情から察するにあまりかんばしくはない話のようだが。そして、俺もすでに嫌な予感がしている。
そうは言っても、聞かないわけにもいかない。
「それで、原因は何だったんだ?」
「その様子だと、お前も薄々気づいてるのだろう? 連中は、魔族とつながっていたのさ」
やはりそうなるか。この世界にいる限り、魔族とは切っても切れない縁になりそうだな。
サラの言葉に、俺は素直にうなずく。
「まあ、他に考えられるのは魔法か魔族くらいしかなかったからな。意見を聞きたいというのはそのことか」
「そうだ。もっとも、お前の察しがいいおかげで聞くまでもなく確信に至ってしまったがね」
「そいつはどうも」
二人顔を見合わせて笑う。
と、魔族という言葉に反応したのかジャネットが会話に加わってきた。
「魔族? 今回のこれも、魔族の仕業だったのかい?」
「まだ断定はできないがな。おそらく間違いないだろう。元々今回のことの発端も、ガーネル伯が魔族と接触しているというところから始まったわけだしな」
「何だい、そりゃあ一大事じゃないかい! こんなお偉いさんまで魔族とつながってたなんてさ!」
「そう、一大事だ。まさかガーネル伯の精神を直接操ってくるとはな。この調子で国の中枢に近しい者や諸侯を操られたらと思うと、枕を高くしてはいられない」
「だが、まだそうと決まったわけじゃないんだろう?」
盛り上がる二人に俺が釘をさす。
「可能性は高いだろうが、今のところ証拠はないんだろう? 確証もない状態でそんな話をすれば、いたずらに動揺が広がるだけじゃないのか?」
俺の言葉に、サラは少し嬉しそうにうなずいた。
「さすがだな、リョータ。お前の言う通りだ。もちろん、そちらの方もぬかりはないさ」
そう言って、サラは俺たちに不敵に微笑んだ。
「事の真偽を確かめるために、今回はラファーネ殿のご助力を願うつもりだ」