8 下準備
ジャネットの口添えのおかげで、俺は無事Bクラスの試験を受けることができた。結果は三日後と言われたが、それまでの間、結構暇だな。
ためしにクエストでも受けてみようかとも思ったが、数日後にはBクラスになるのだと思うとそれも馬鹿馬鹿しく思えてくる。
Bクラスのクエストであれば上銀貨数枚、ものによっては金貨一枚なんてものもあるからな。銅貨数枚のクエストなど、今さらやっていられない。
ちなみに、この国の平均的な家庭は銀貨十枚から二十枚で一ヶ月を暮らしているらしい。王都だと二十枚から三十枚くらいが普通だそうだ。そこから考えれば、Bクラスの冒険者なら月に二、三回も働けば相当な稼ぎになるだろう。
さて、それでは結果発表までの間、いったい何をして待っていようか。何気なく酒場のカウンターで飯を食っていた俺は、ふとあることに気づいた。
この店、魚介類の料理が全然ないな。ここが内陸だからだろうか、食材がなかなか手に入らないのだろう。
いいことを思いついたぞ。
俺はマスターにビールを二つ頼むと、近くで飲んでいた男に声をかける。
「おい、少し話につき合ってくれないか?」
そう言ってビールを一つ渡すと、男はそれを受け取った。
「おう、ありがとよ。で、話ってなんだ? 女にでも振られたか?」
「いやいや。俺は田舎から出てきたばっかりでな、ものを知らないんだ。少しいろいろと教えてもらいたくてな」
「ほお、そいつは大変だな。いいぜ、何でも聞きな、坊主」
事情は察したとばかりに男がうなずく。後はこの男が多少なりともものを知っている人間であればいいんだが。
「助かる。この町で魚が食える店はあるのか?」
「魚? お前、川魚なんか食いたいのか?」
男が不思議そうな顔で言う。ふむ、この言い方だとやはりここはずいぶんと内陸にあるようだな。
「いや、海のものを食ってみたいと思ってな」
「海ぃ? 無理無理、そんなもん、もっとでかい町の高級店にでも行かなきゃお目にかかれないさ。なんせ内陸国だからな、この国は」
予想通り、この国では新鮮な魚介類は高級食材らしい。
「この国で一番大きい町はどこだ?」
「そりゃあ王都だろうよ。まさか魚を食いにでも行くつもりか?」
「まあな。高級店もあるのか?」
「そりゃあるに決まってるだろ。王室御用達の店だってあるさ。と言っても、俺たち庶民が食えるような料理じゃないがな。何でも、一皿で俺たちの一月分の稼ぎが吹っ飛ぶって話だぜ」
そう言って男が笑う。まあ、俺も別に魚を食うのが目的ではないがな。
それに、それだけ高い料理を扱っているのなら俺にとっては願ったりだ。
男から高級魚と言われている魚をニ、三聞き出して、俺はビールをあおる。
「それと、地図がほしいんだ。できれば海まで描いてあるような奴がな。どこで買えるんだ?」
「地図なら書店にでも行けばあるんじゃないか? もっともそんなでかい地図があるかは知らないけどな」
「そうか、助かった」
礼を言うと、オレは支払いを済ませて酒場を出た。地図を手に入れるべく書店へと足を向ける。
書店には主に実用書と魔導書が並んでいる。書と言っても冊子ではなく巻物のようなものだ。
この店を見て思ったのだが、この国の教育水準はいったいどの程度のものなのだろうか。思えば冒険者登録をする時にも書類への記入があったし、意外と識字率は高いのかもしれない。少なくとも、このような店が成立するということはそれなりの数のインテリ層も存在しているのだろう。
幸い、大きな地図もそこに売っていた。上銀貨一枚というのは高いのか安いのか。
地図にはこの国の他に、周辺諸国も載っていた。北の方には海もある。これなら申し分ない。
その他、使えそうな書物をいくつか購入して俺は書店を後にした。
地図で港町らしき町をチェックすると、さっそく転移魔法で移動してみる。町名と市場で転移してみると、ずいぶんと活気のある場所に出た。
町の名前さえわかっていれば、ちゃんと転移できるようだ。潮の匂いが漂う浜辺を歩いていると、波音が耳に届いてくる。
市場に入り、魚の買いつけに来ていた男を一人つかまえる。
内陸で食えない魚はあるかと聞くと、そりゃ足のつくのが早い魚は食えねえよ、といくつかの魚を教えてくれる。地元付近でよく食べられている、味のいい魚らしい。
どうやら競りでの買いつけには資格というか、身分証のようなものが必要らしいので、俺はバイヤーから魚を直接買い取ることにする。
競りを見物しておおよその相場は把握していたので、その三倍ほどの値段を持ちかける。その値段に、バイヤーたちは喜んで魚を譲ってくれた。
容器と氷は簡単に手に入れることができた。氷を大量に消費するからか、市場には冷凍魔法士が何人もいるようだ。
高級魚二種に、足の早い魚が二種。それぞれ一尾ずつ買いつけた。高級魚はなかなか値が張ったが、そんなものはすぐに回収できるだろう。
これで準備は整った。さて、それじゃあ一稼ぎさせてもらおうか。