76 戦闘直前
草木がうっそうと生い茂る森を抜け、いよいよガーネル伯領へと俺たちは入った。
のどかな田園地帯を進み、昨日サラが言っていた丘が近づいてきた。いよいよ決戦か。
隣を行くサラの下に、女騎士のリセが馬を寄せてきた。
「隊長、敵はここから約5キロほど離れたところに陣を敷いているようです」
「そうか。敵の数は?」
「数は約80、軽装の傭兵が中心です。弓兵も数名いるようですが、魔法士がいるかまでは確認できなかったとのことです」
「ご苦労。昨日聞いていた話の通りだな。名のある者はいたか?」
「Aクラスの冒険者が3人ほどいることを確認しています。剣士と槍兵です」
「ほう、ではお前たちの出番だな」
サラは俺とジャネットの方を振り返りながら言った。
「そうだな、せいぜいがんばるとするさ」
「そうさね、そのために来てるんだから」
「私もいるんだ、そこは問題ないだろう」
「あたし一人でも十分なくらいさ。あんたたちの出番はないかもね」
「それはありがたい。じゃあ敵はジャネットに任せて、俺は高みの見物を決めこむとするかな」
「何を言っている。お前には私に茶を注ぐという仕事が残っているだろう」
そんな軽口をたたき合う。戦いの直前だが、サラもジャネットも緊張感のかけらもない。ジャネットはともかく、サラはこんな性格だっただろうか。
まあ、昨日聞いていた通り敵は100人もいないようだ。サラも余裕の表情を見せているし、特に俺が心配するようなこともないのだろう。
それからしばらくして、サラが妙なことを言い出した。
「よし、それではこのあたりで馬を降りるぞ」
「降りる?」
思わず聞き返す。そんな俺を、妙なものでも見るようにサラがみつめてきた。
「どうした?」
「いや、馬に乗って戦うんじゃないのか」
「馬に乗って?」
サラが明らかに何をばかなと言った感じの笑みを漏らす。俺は何か笑われるようなことを言っただろうか。
「何がおかしい?」
「いや、すまん。お前ほどの冒険者がそんなことを言うとは思ってもみなくてな」
俺に詫びながら、サラが続ける。
「普通の人間ならともかく、お前はSクラスの剣士だろう? 馬などに乗っていては戦いにくくてしょうがないだろう」
「そうなのか?」
「リョータ、お前、本当におもしろい奴だな。当然だろう? それともお前は馬の上でもいつものように剣を振るえるのか?」
「はははは! 確かにリョータならそのくらいのことやってのけても不思議じゃないねえ」
隣ではジャネットが大笑いしている。こんなに笑われるとは、どうにも納得がいかないな。てっきり全員が騎兵として戦うのだと思っていたのだが、どうやらこちらの世界は戦術からして違っているらしい。
一応聞いてみる。
「馬に乗って戦う奴はいないのか?」
「それは普通の人間の場合だな。Cクラス以上ともなれば馬から降りた方が強い。まれに魔獣を駆る戦士もいたりするが、それは例外だ。我が遊撃隊は全員がCクラス以上の騎士で構成されているから、騎兵は存在しない」
「そういうものなのか」
まだ納得しきれないながらも、俺は素直にうなずく。その人間自体が強い場合はかえって馬は邪魔になるということか。俺としては、騎兵が縦横無尽に駆け巡る戦いを期待していたんだがな。
「そういうものだ。さて、では我々も降りるとしようか」
そう笑うと、サラが全軍に指示を飛ばす。降りた馬は、王都からいっしょに連れてきた専門の者たちが管理するそうだ。
もう一つ気になったことがあるので、俺はサラに聞いてみる。
「聞きたいんだが」
「何だ?」
「もし負けて撤退する場合はどうするんだ? 馬のところまで走って、そこで乗るのか?」
その言葉に、サラは大きな声で笑った。
「はっはは! 負ける? 何を言っているんだリョータ。我々が負けるはずがなかろう。冗談にしても、それは出来が悪いというものだぞ」
「あ、ああ」
俺は一般論として聞いたつもりだったのだが、サラはそうは受け取らなかったようだ。聞き直そうかとも思ったが、サラが思いのほか上機嫌なので俺はそのままにしておくことにした。
馬を降り、俺たちはいよいよ戦場となる丘へと近づいていった。
今年はこれが最後の投稿になります。来年もよろしくお願いします。
よいお年を。