70 宴の終わり
楽しい宴も終わり、俺たちはサラに礼を述べる。
「今日は世話になったな、サラ。ずいぶんとごちそうになった」
「何、祝勝会にしてはこじんまりとしてしまったがな。その分質にこだわってみせたつもりだ。近頃王都で評判の店だというのでここを選んだのだが、気に入ってもらえたならいいのだが」
「ああ、それなら問題ない。実はこの店とは付き合いがあってな。この店の味ならむしろ俺が保証する」
「そうだったのか? いや、言われてみれば、確かにお前のことを知っている風だったな、この店の主人は。てっきりお前が有名な冒険者だからかと思っていたが、なるほど、そういうことか」
そう言いながら、サラが感心したようにうなずく。
「まったく、お前は意外なところで顔が広いな。せっかく私が選んだ店だというのに、何だか損したような気分だ」
「まあ、そう言うな。俺も自分では滅多に来ない店だからな。今日はうまいものを食わせてもらった」
「何、お安い御用さ」
笑うサラだったが、視線を動かすとやや困ったような顔で言う。
「ところで……彼女は大丈夫なのか?」
そう言う彼女の視線の先にあったのは、ジャネットの肩を借りながらあやしげな足取りで歩くレーナの姿だった。
「彼女は、いつもああなのか?」
「いや、俺も知らなかった。日頃ストレスでもたまっているんだろうか?」
「私に言われてもな」
苦笑した後、サラが言う。
「きっとあれは、正気に戻ったらしばらく自己嫌悪に陥るだろうな。私も昔似たような経験がある」
「ああ、それは普段生真面目なだけにショックだろうな。姫様の前でなんてことを、なんて言いながら頭を抱える姿が目に浮かぶ」
「そうだろう? 彼女が元に戻ったら、姫様は気にするなと笑っていたとでも伝えてやってくれ」
「ああ、それは助かる」
礼を言うと、俺はカナの手を握って改めて頭を下げる。カナも俺をまねて、ぺこりと頭を下げる。
そんな俺に、サラが声をかけてきた。
「お前たちのおかげで、邪教徒どもの勢力はほぼ一掃できた。こちらからも礼を言わせてもらう」
「そうか、それはよかった」
「実はな、しばらくしたらまたお前たちに手伝ってもらおうと思っている。まだ詳しいことは言えないが、かなり大きな仕事になる予定だ。すまんがそのつもりでいてくれ」
「構わんさ。またこうしてご招待に与れるのならな。いや、だが次はまたサラのドレス姿がみたいな。カナにも見せてやりたい」
俺の言葉に、サラがクスリと笑う。
「そう言えばそうだったな。カナ、まだ私はお姫様だと信じてはもらえないか?」
「わからない。でも、ドレス、見たい」
「そうかそうか、それでは次回は私もお姫様にならないとな」
そう言って笑うと、サラは俺に向かって言った。
「いずれにせよ、次回は城で祝勝会をするくらいの重要な戦いになる。その時はよろしく頼む」
「ああ、わかった。それじゃこの辺で失礼させてもらおう。では、またな」
「ああ、また会おう」
「リセも、またな」
「はい」
笑顔で笑うサラと生真面目な顔のリセに手を振ると、俺たちは店を後にした。
それはいいのだが。
「リョータさ~ん、結局、私とこの人と姫騎士様と、誰を選ぶつもりなんですかぁ~?」
「ちょいとアンタ、フラフラするんじゃないよ。危ないじゃないか」
店を出ると、肩を貸すジャネットには構わず、街中だというのにレーナがわけのわからないことを言う。こいつはここまで酒に弱かったのか。
あきれながら彼女の意味不明な主張を聞いていると、ジャネットが困り切った顔と声で言う。
「なあリョータ、こんな時こそ転移魔法の出番だろ? レーナの家までさっさと飛んじゃおうよ?」
「俺もそうしたいのは山々だがな、あいにく俺はレーナの家を知らん。だから飛ぶこともできん」
俺がそう言うと、ジャネットが不満を漏らす。
「だったらさリョータ、あんたこの子をおんぶでもしてやんなよ。そしたら少しは静かになるだろうからさ」
「ジャネットさん、たまには良いこと言う~! リョータさん、おんぶ、おんぶ!」
ちっ、ジャネットめ、余計なことを言いやがって。レーナの奴、完全にその気になったじゃないか。
仕方なくレーナをおぶろうとカナの手を離すと、カナが俺の顔をじっと見上げてくる。
「カナ、どうした?」
「レーナだけおんぶ、ずるい」
そう言って、カナが俺の目を見つめ続ける。
「もしかして、カナも俺におんぶしてほしいのか?」
「うん、おんぶ。レーナの次」
……マジか。カナの目は完全にその気だ。
ジャネットの方を見ると、こちらももう諦めろ、といった顔で俺を見つめている。
くそっ、元はと言えばお前が余計なことを言うからこうなったんだぞ?
「リョータさん、早く、おんぶ、おんぶ!」
ジャネットから離れると、レーナが抱きつくかのように俺に寄ってくる。駄目だ、とても話を聞いてくれそうにはない。
結局、チート級の転移魔法士である俺は、女性二人を移動させるために自分の背中をフルに使うことになったのだった。