7 ジャネットとの取引
乾杯をし、俺とジャネットは器をあおる。
上背があるせいか、てっきり二十歳を過ぎているかと思ったが、こうして見るとジャネットはまだ若いようだ。おそらく十八、九といったところか。
せっかくの美人にもかかわらず、ショートカットの茶髪は大した手入れがされているようにも見えない。言葉づかいといい、ラフな服装といい、いかにもガサツそうな女だった。
グラスの酒を飲み干すと、ジャネットがさっそく聞いてきた。
「で、あんたは何者なんだい」
「何者も何も、俺はただの剣士だが」
「ただの剣士なわけがあるもんか。あの技、あたしの目にすらとまらなかったんだよ?」
それはそうだ。俺は転移魔法で移動したんだからな。
「あんた、冒険者登録は初めてって言ってたけどさ。その前はどこで使われてたんだい? あれだけの腕を持ちながらこんなところに流れてくるってことは、あんた、どっかの国の騎士をクビにでもなったクチだろ? いったい何をやらかしたのさ?」
「詳しいことは言えんな」
言えないもクソもないがな。こうやってもったいぶっておいた方が、ありがたみもあるというものだろう。
「それよりも」
「ん? 何だい?」
「お前はこの町では顔がきくようだが、何か役にでも就いているのか?」
「別にそういうわけじゃないさ。単にあたしがこの町で一番強いからだろ」
さも当然のようにジャネットが言う。ずいぶんと自分の腕に自信をお持ちのようだ。
だが、周囲に一目置かれているのは事実らしい。そこで、俺は彼女に頼みごとをしてみることにした。
「お前に一つ頼みたいことがあるんだが」
「ああ、何だい? 話くらいは聞いてやるよ」
「クエストの試験を受けたいんだが、Eクラスから受けるのは少々まどろっこしい。もっと上のクラスを受けられるようにお前から口添えしてもらえないか」
「何だ、そんなことかい。お安い御用さ」
意外にも、あっさりと首を縦に振る。てっきり面倒がられると思っていたんだが。
「ただ、それには条件があるねえ」
「条件?」
ニヤリと笑うと、ジャネットが俺の目を見て言う。
「あたしと一つ手合わせしてもらおうか。あんたの力も見ておかないと、口添えのしようもないからさ」
彼女の目が肉食獣さながらにらんらんと輝く。この女、戦闘狂か。
まあ、いいだろう。
「わかった。得物は何を使えばいい?」
「ギルドから木刀でも借りてくるさ。腕前を測るだけならそれで十分だろ?」
「ああ、構わない」
「じゃあ、さっそく始めるか」
そう言って、ジャネットはマスターに代金を支払う。サイフを取り出そうとする俺を手で制止すると、そのまま外へと出て行った。俺もその後を追う。
酒場からすぐそこにあるギルドで木刀を借り、俺たちはギルド前の広場に出た。
広場は人通りも多く、木刀片手に向かい合う俺とジャネットに、何事かと人だかりができ始めていた。
「とりあえず、一本取るまでやってみようか」
「ああ、お手柔らかにな」
そう言って、俺は剣を構える。ジャネットも楽しそうに笑いながら剣を構えた。
ジャネットの構えは、木刀を持った右腕を後ろに下げ、左腕を前に出すという変わった形だ。中距離走で見るスタンディングスタートの姿勢に似ているかもしれない。
「それじゃ、行くよ」
そう言うや、ジャネットが一瞬にして俺との間合いを詰めてきた。速い。
右手に握った木刀が、異名の通り疾風のごとき速さで俺に襲いかかる。
その剣撃を、俺は最小限の動きで流していく。と言うより、最小限の動きでなければこの速度にはついていけない。
この女、腕は確かなようだ。こちらがしかける隙を全く与えてくれない。絶え間なく斬撃が俺に降り注ぐ。その光景に、野次馬たちからも拍手喝采が起こる。
一旦剣を引いたジャネットが、感心した風な声を上げた。
「あんた、やるね。あたしの攻撃を防ぎきるなんてさ」
「どういたしまして」
「今度はあんたの番だよ。なんならさっきの奴、見せてくれてもいいんだよ」
そんな挑発には乗らないさ。あれはここぞと言う時のための取っておきだからな。
そのかわりとばかりに、俺は間合いを詰めるとジャネットに斬りつける。
俺の剣はジャネットほどの速さはないが、そのかわりに重さでは勝っている。そのためか、さすがの彼女もなかなか反撃のきっかけをつかめないようだ。
もっとも、ひとたびジャネットが攻勢に転じればもはや俺に手番が回ることはない。そして俺の方も、なかなか決定打が出そうにはない。それを考えれば、ジャネットの剣技は俺と同等か、いくらか上といったところか。
しばらく打ち合った後、俺は後ろに下がり手を止めた。
「こんなものでいいだろう」
「結局あの技は出さないのかい? まあいいか、今回はこの辺にしてやるよ」
そう言って、ジャネットが剣を引く。
「どうだ、俺の腕前は」
「さすがだね。あたしとここまでやり合えるんだ、十分Aクラスでやっていけるよ」
「そうか。ならさっそくAクラスの試験を受けられるように取り計らってくれ」
「おいおい、そりゃ無茶ってもんさ。あたしはこの町でしか顔が利かないんだからね。とりあえずBクラスの試験を受けられるように話してやるよ」
ちっ、面倒だな。まあ、一気にBクラスまですっ飛ばせるだけでも良しとしようか。
「わかった。それで頼む」
「あいよ。それじゃ受付に行こうか」
そう言うと、俺たちを取り囲む野次馬たちをかき分けてジャネットがギルドへと向かう。俺もその後に続いた。