69 思わぬ危機
祝いの席が始まってからしばらく経ち、だいぶ腹も膨れてきた。
それはいいのだが、酒がかなり入ってきたからか、皆の口調もだんだんとヒートアップしているような気がする。
俺の隣では、ジョッキを片手にジャネットが大声で笑っている。
「まあ何だい、あたしの目に狂いはなかったってことさね。もっとも、こんなに早く駆け上がっていくとはさすがに思わなかったけどね」
「そいつはどうも」
酒が入り、いつも以上に馴れ馴れしく俺にタッチしてくる。
サラもジャネットの言葉に同感だとばかりに首を振る。
「まったくだ。リョータの腕については、私も全面的に信頼している。これほどの戦士は我が王国にも二人といまい。これからもよろしく頼む」
「お褒めにあずかり、光栄の至り」
冗談めかして返す俺に、サラも薄く笑う。
だが、そこから雲行きが怪しくなってきた。
「こうしてお前の力を見抜いたのだ。私の目もなかなかのものだろう?」
誇らしげに言うサラに、げらげらと笑いながらジャネットが言う。
「いやいや、お姫様とあたしとじゃ全然違うさ。何せあたしは初めっからわかってたからね」
その言葉に、サラが少し不服そうに言う。
「それは出会った時期が違うからだろう。私だってリョータの力は見抜いていた」
「違うでしょうが。あんたは初めの頃はリョータのこと全然認めてなかったんだろ? 自分の目は節穴だったって、自分で言ってたじゃないか。あんたとあたしをいっしょにしてもらっちゃ困るよ」
おい、ちょっと待て。どうしてそんな煽るようなことを言う。今日は楽しい祝勝会のはずだろう。
案の定、サラの語気も荒くなる。
「ほう、言ってくれるな。確かに私は最初リョータの才能がわからなかった。だがな、今では私は誰よりも彼の力を正確に理解しているぞ? 何と言っても、私はSクラスになってもう3年になるし、ついこないだまで騎士団の副団長としてさまざまな敵と渡り合ってきたのだからな。Sクラスになってたかだか1、2か月程度のひよっこにはわからないようなことも、私にはよくわかるのさ」
そこまで言うと、サラは勝ち誇った顔でグラスを空ける。
ジャネットのこめかみに血管がくっきりと浮き上がる。
「ほほう、姫騎士様はあたしがまだひよっこだって言うのかい? そちらこそ、いつも大勢の味方に守られてばっかりじゃ見えるものも見えなくなるんじゃないですかね、お姫様?」
「なるほど、私は味方の後ろでぬくぬくとしている臆病者だ、と? よく言った」
サラも怒りのこもった笑みを見せると、すっと立ち上がった。
「いいだろう。そこまで言うのならば、その臆病者とやらの剣、その身で味わってみるか?」
「ははん、望むところさ。あんたのその鼻っ柱、根元からぽっきり折ってあげるよ」
ジャネットも不敵な笑みを見せながら立ち上がる。いや、待て。お前ら、少しは落ち着け。
「おい、お前ら。そのくらいに……」
俺が間に割って入ろうとしたその時、向こう側で一際激しく立ち上がる音がした。
いったい何事かとそちらを向くと、今までずっと黙っていたレーナがサラとジャネットを睨みつけていた。顔が妙に赤い。いや、これは照れとか恥ずかしいとかいうレベルの赤さじゃないぞ。
そして、ずいぶんとろれつがあやしい調子で口を開く。
「お二人とも、黙って聞いていればリョータリョータ……。リョータさんのことなら、ギルドでいつもリョータさんに接してる私が一番よくわかってるんれすよ~?」
まずい、明らかに正気じゃない。そして、そこはかとなく危険なものを感じる。
「ま、待て、レーナ。いったい何をする気だ?」
「そうだよレーナ、ちょっと落ち着きなよ」
サラとジャネットも異変に気づいたか、口々に制止の声を上げるが、レーナはそのままあやしい足取りで俺の方へと近づいてくる。
そして、レーナは俺の真後ろで立ち止まった。今までに感じたことのない、得体のしれないプレッシャーに背筋が凍る。これは――まずい。転移か? ここは転移するべきなのか?
そう思いながらも俺が決断できないまま硬直していると、レーナが行動を起こした。
「だから~、リョータさんは~……私のものなんです!」
そう言うや、レーナは俺の後ろから抱きついてきた。背もたれが邪魔だと思ったのか、一度離れると今度は左側から抱きついてくる。大きな二つの膨らみが、俺の左腕に押しつけられる。
「な、何してんだよレーナ! リョータから離れろって!」
「ヤです! 離しません!」
ジャネットが慌ててレーナを腕から引きはがそうとするが、レーナも俺から離れようとしない。膨らみは嬉しいものの、殺気にも似たオーラに俺もこの場から動けない。
見れば、サラはすっかり興奮が冷めてしまったのか、椅子に腰かけて酒を口にしている。俺たちのことについては、一人静観を決めこむつもりのようだ。
俺たちの様子を見て、カナがぽつりとつぶやく。
「レーナとジャネット、リョータの取り合い。カナも、リョータ取る」
そう言って、空いている右腕の裾をつかんでくる。まいったな、これではいよいよ身動きがとれない。
女たちによる俺の取り合いは、その後しばらく続いた。