68 カナの疑問
サラの姿を前に驚くレーナの様子をひとしきり堪能すると、俺はサラの向かいの席に着いた。右隣にカナ、左隣にジャネット、そしてカナの隣にレーナが座る。
ふと見れば、レーナがカナの頭越しに顔を赤くして俺を見つめてくる。二人きりならばともかく、こんな場所でそんなに熱っぽい視線を送られても困るのだがな。
というのは冗談で、どうやら今のサプライズにずいぶんとご立腹のようだ。まあ、そのうち機嫌も直るだろう。
それよりも、俺にはもっと気になることがあった。
「ところでサラ」
「何だ?」
「お前の後ろに控えている彼女は、席には着かないのか」
サラの後ろには、先日邪教徒の討伐でいっしょだった女騎士のリセが姿勢正しく立っていた。俺たちがこの部屋に入ってからも、最初に一礼したのみでその後は表情一つ変えない。そういうところははカナといい勝負かもしれないな。
「彼女いわく、今日は私の護衛なので席には着けないそうだ」
「あいかわらず固いことだ。リセも作戦に参加していたのだから座ればいいものを」
「護衛が職務を放棄するわけにはまいりませんので」
表情にぴったりの硬い調子でリセが言う。それを聞いてサラが苦笑する。
「私に護衛など不要だと言ってもこの調子でな。すまんが気にしないでもらえるだろうか」
「そういうことなら仕方ないな」
そう言って、俺もさじを投げる。サラが命じれば席に着くのだろうが、そこは彼女の意思を尊重しているということなのだろう。
サラはカナを見ながら言う。
「久しいな、カナ」
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
ぺこりと頭を下げるカナに、サラも微笑しながら返す。
「今は学校に通っていると聞いたが、調子はどうかな?」
「カナ、がんばってる、ます」
「そうか、偉いな」
「カナはついこの前も俺のケガを治してくれた。大したものだぞ」
俺の言葉に、サラが驚きの表情を見せる。
「ケガを治す? カナはまだ学校に通い始めたばかりだろう?」
「ああ。ジャネットも言っていたが、凄いことらしいな」
「もちろんだ。今まで何の手ほどきも受けてこなかった者がたかだか一か月程度で術を習得するなど、並みの才能ではない」
「そんなに凄いのか」
「もちろん、これからの鍛錬次第ではあるがな。まったく、カナまでそんな才能を持っているとは、お前は何かそういう人間を引き寄せる力でも持っているのではないか?」
「さあな」
苦笑しながら、俺はカナの頭をなでる。
「カナ、お前は凄い才能を持っているかもしれないそうだ」
「カナ、凄い?」
「ああ。何せお姫様がそう言っているからな」
「お姫様?」
首をかしげながら、カナがサラをじっと見つめる。
そして、俺に向かいつぶやいた。
「この人、お姫様と、違う」
「違う?」
「カ、カナちゃん!?」
カナの隣に座るレーナが、顔を真っ青にして言う。一国の姫に対してこんなことを言い出すのでは、彼女も生きた心地がしないであろう。
俺はカナに聞く。
「違うとは、どういうことだ?」
「この人、ドレス着てない。お姫様、ドレス着てる」
「ああ、そういうことか」
そう言えば以前、カナの服を買いに行った時にそんな話をした気がする。
確かに、目の前のこの凛々しい女性を「お姫様」とは思えないのも道理かもしれないな。
その言葉に、サラも苦笑を禁じ得ないようだ。
「それはすまなかったな。それでは次にカナに会う時には、とっておきのドレスを着ることにしよう。それで許してくれないか?」
サラが言うと、カナはこくりとうなずく。王国の第三王女殿下に約束を取りつけた上に謝罪まで引き出すとは、俺が言うのも何だが大したものだ。もっとも当の本人は、単にドレスを着てもらう約束をしてもらったと思っているだけなのだろうが。
そんな様子をおろおろと見守っているレーナに、サラが声をかける。
「お前も遠慮しなくていいんだぞ。リョータたちと同じように接してくれればいい」
「は、はい……」
「サラもこう言ってるんだ。いつも通りにしてみろ」
俺がそう言うと、レーナは少しきつい目で俺を睨んできた。少しからかい過ぎたかもしれない。後で機嫌を取らないといけないかもしれないな。
と、もう我慢できないといった調子でジャネットが口を開く。
「なあ、そろそろ何か頼まないかい? あたしゃいい加減飲みたくなってきたよ」
「ああ、それはすまない。では、さっそく食事を用意してもらうことにしようか」
そう言うと、サラの指示で酒と料理が次々とテーブルの上に並べられる。
待ってましたとばかりにジャネットがグラスをかかげた。
「さあ、それじゃさっそく乾杯といこうよ!」
「ああ、そうだな。それでは、乾杯」
俺の音頭で、皆がグラスに口をつける。今日は楽しい会になりそうだ。