64 剣の稽古
カナもこの頃は一人で学校に行けるようになった。心配がないと言えば嘘になるが、いつまでも俺がついているわけにもいくまい。何せ、これからカナは冒険者になるのだからな。
そんなカナを、俺はジャネットといっしょに玄関まで見送る。
「いってきます」
「ああ、気をつけてな」
「寄り道するんじゃないよ」
一言声をかけると、カナはこくりと頭を下げて学校へと向かう。
そんなカナの後ろ姿を見送っていると、ジャネットが声をかけてきた。
「なあ、リョータ」
「どうした」
俺が聞くと、ジャネットは指をぱきぱき鳴らしながら言う。
「今日はいい天気だしさ、少し剣の稽古でもしようよ。どうせ用事なんてないんだろ?」
「その言われ方は心外だが、たまにはいいだろう」
「さっすがリョータ、そうこなくっちゃ。それじゃ先に庭で待ってるよ」
「ああ、では準備があるから少し待っていてくれ」
「あいよ」
そう言うと、ジャネットは機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら外へと出て行った。そんなに俺とやり合うのが嬉しいのか。女心はよくわからんな。
あまり待たせるわけにもいくまい。俺は居間に戻るとてきぱきと着替えて庭へと向かった。
今日はずいぶんといい天気だ。外に出ただけで日の光に少し汗ばむ。
そんな日差しの中、庭ではジャネットがさっそく木刀の素振りをしているところだった。
「早かったね、リョータ。実はあんたもあたしと稽古したかったのかい?」
「まあ、そんなところだ」
「あんたは嘘がヘタだね。でも嬉しいよ」
「嘘じゃないさ」
ジャネットが放り投げてきた木刀を受け取ると、俺も軽く素振りをしてみる。
「こうして木刀でやり合うのは久しぶりだな」
「そうさね、こっち来てから仕事やら何やらで、結局ほとんど手合せしてもらえてないからね」
「そう言うな。だから今日はこうして相手をしてるんだ」
「まあ、あたしもあんまりぜいたくは言えないか」
そう言って笑うと、ジャネットはさっそく木刀を構えて俺にかかってこいとうながしてくる。
やれやれ、今日はくたびれそうだな。
やはりジャネットは強い。純粋な剣の腕では勝てそうにない。
はじめてジャネットとやり合ったのは、確かマースの町だったか。
あの時もまったくつけいる隙などなかったが、今のジャネットはあの時よりさらに強くなっている気がする。
俺もあの頃よりだいぶ剣に慣れてきたはずなのだが、彼女の成長はそれ以上だ。さすが本職の剣士といったところか。しかも若いしな。
そんなジャネットに、俺は五本に一本取るのが精いっぱいだった。
と、ジャネットが俺に声をかけてくる。
「なあリョータ」
「どうした」
「そろそろあれ使ってよ」
「あれ?」
「とぼけないでよ。あんたの技さ。ホントはもっと速く動けるんだろ?」
ああ、転移か。あれを使うと稽古にならないんだが、さてどうしようか。
そんな俺に、ジャネットが挑発してきた。
「もしかしてあれかい、あたしに技を破られるのが恐いのかい? 男ならどんときなって」
「いいだろう、そこまで言うのなら見せてやろう」
一度見せれば黙るだろうしな。
俺の返事に、ジャネットは機嫌良さそうにうなずいた。
「そうそう、それでいいんだよ。それじゃかかってきな」
「それは逆だ。俺が本気を出す以上、お前には万に一つも勝ち目はない。チャンスをやるからかかってこい」
俺の言葉に、ジャネットのこめかみがわずかにひくつく。さすがに痛くプライドを傷つけられたらしい。
「いい度胸だね……。それじゃ、いくよ!」
そう叫ぶと、ジャネットは猛然と突進してくる。速い。
あっという間に俺に迫ったジャネットが、渾身の剣を振り下ろす。
しかし、そこに俺の姿はすでになかった。ジャネットの目はきっと驚きに見開かれていることだろう。
「なっ!? い、いったいどこに!?」
「こっちだ」
あたりを見回すジャネットの背中に、俺は木刀の先を突きつける。
「ウ、ウソだろ? 全然気配を感じなかったんだよ?」
ジャネットが驚きを口にする。それはそうだろう。俺はジャネットの背後に転移したんだからな。
驚いた顔のジャネットに、俺は言う。
「これでわかっただろう。俺が本気を出すとこうなってしまう。残念ながらこの力はコントロールできないんでな。普通の剣で満足してくれないか」
「仕方ないね……こうも差があるんじゃ稽古にならないしね。わかったよ、いつも通りでいこう」
そう言って、ジャネットがため息をついた。
「まったく、あんたは強すぎだよ。あたしもだいぶ強くなったはずなのにさ……」
「そう言うな。俺ももっと剣の腕を上げるから、それで我慢してくれ」
「ははっ、あたしはこうやってあんたと稽古できるだけで幸せさ。それじゃ続きといこうかい」
「ちょっと待て、まだやるのか!?」
「もちろんだよ、今日はとことんつき合ってもらうよ」
ジャネットとの稽古は、カナが帰ってくるまで続いた。