61 姫騎士の目
邪教徒のアジトの攻略がこんなに順調に進むとは、正直思っていなかった。
リョータとジャネットの腕は凄まじい。さすがはSクラスの冒険者だ。
敵にはそれなりの術者もいたというのに、奴らの魔法をものともしない。これほどの腕ならぜひとも我が隊にほしいくらいだ。
私もなぜあんなに冒険者を遠ざけようとしていたのだろうな。やはり自分に驕りがあったのだろうか。あの時は、外の者を招き入れるなど騎士団に対する侮辱だと心底思っていたのだ。
今ではそんなことは微塵も感じない。やはりリョータと出会ったからだろうか。
騎士団の中には今でも冒険者に対して反発する者もいるようだが、その急先鋒だった私が態度を変えたことで表立った行動には表れていないようだ。これからは彼らが動きやすくなるよう、私もがんばらねばなるまい。
邪教徒の大半を捕らえた私たちは、教祖たちが逃れたという地下の礼拝堂へと向かった。
地下は意外に広く、そして薄暗いところだった。私たちはその奥へと進む。
そして、奥にある礼拝堂には、教祖たちとおぼしき一団が集まっていた。奴らの足元に転がっているのは……信徒か? 胸には剣が突き刺さっている。連中……何を?
そう思っていると、部屋の中に次から次と鎧をまとった兵士たちが現れる。あいつらは……死人か?
襲いかかってくる魔物たちを、リョータはさっそく次々に斬り伏せていく。これは私も負けられないな。群がる敵に、私も切りこんでいく。
敵の腕は大したことはない。的確に敵の急所へと斬りつけていく……が、敵が倒れない。なぜだ!?
見れば、斬りつけたはずの切り口がすぐに修復していく。これはアンデッドの再生能力か?
「おのれ! この死霊ども、聖剣の加護がないと倒せないか!」
思わず苛立ちが口をついて出る。このままではまずい。
手持ちの剣では仕留めることができそうにないので、敵の足を斬り落として動けなくする作戦に切り替える。どうやらジャネットもその方針でいくようだ。
だが、連中、斬られた足をつないで再び動き出す! なんと面倒な連中だ!
その時、リョータが私に声をかけてきた。
「サラ、これを使え」
そう言うと、リョータが手にしていた剣を私に向かって放り投げる。慌てて受け取ると、私は思わずリョータに向かって叫んだ。
「ど、どういうつもりだ!? これではお前が戦えないではないか!」
「心配無用だ。俺にはこれがある」
そう言うと、リョータは近づいてきた死霊の一体に向かって手を突き出した。いったい何をするつもりだ?
次の瞬間、彼の手から放たれた槍が死霊を串刺しにしていた。
「グギエェェ!」
身の毛もよだつ声を上げて、死霊が粉々に弾け飛ぶ。地面に突き立った槍を無造作に引き抜くリョータに、私は強い口調で聞いた。
「リョ、リョータ! 何だ、その槍は!」
「まあ、聖槍といったところかな」
「せ、聖槍!?」
おもむろに槍を構えながら、リョータはそんなことを言う。聖槍だと!? そんなもの、なぜお前が持っている!
槍のことも気になったが、私にはもう一つ気になることがあった。
「お前は剣士だろう!? 槍など使えないだろう!」
「それは見てもらった方が早いな」
私の問いに、リョータは何でもないといった調子で答える。ど、どういうことだ?
次の瞬間、リョータが槍を振るうと、彼の突きは迫ってきた死霊どもの胸を的確に貫き、あっという間に三体の敵を葬ってしまった。
馬鹿な!? この男、槍まで使えるというのか! それも尋常な腕ではない!
私は思わず驚きの声を上げた。
「ま、まさか! その槍さばき、Aクラスに匹敵するレベルじゃないか!?」
その問いには答えず、リョータはジャネットにも剣を一振り手渡す。いったいあの武器はどうやって出しているのか。
いや、そんなことは今はどうでもいい。まずは目の前の敵を片づけなければ。
それにしてもこの剣、よく斬れる。特に対アンデッド用の加護が与えられているというわけでもないようだが、通常の聖剣とはまったく異なる聖なる波動を感じる。これほどの剣、リョータはいったいどうやって手に入れたのか。
ほどなくして雑魚の掃除があらかた終わり、残すは上級魔族のゾンビと何体かの死霊のみとなる。
「さて、どうしたものかな」
「魔法などを使ってくるとやっかいだ。私が様子をみようか?」
「いや、それなら俺の方が適任だ。隙を作るから、お前たちは左右から一気に決めてくれ」
「あいよ。リョータ、うっかり一発もらうんじゃないよ?」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ」
軽く打ち合わせると、私たちは三方に散開した。
予想通り、魔族の化け物は真正面から突っこんでいくリョータに向かい黒く禍々しい力を放とうとしている。
その様子に、後ろの狂信者どもが声を上げた。
「見ろ! 我らが守護神の力を! お前たちなど全てこの場で滅ぼしてくれるわ!」
確かにあの魔力、今までの敵とはわけが違う。危ない、逃げろ!
魔族は不気味な咆哮を上げながら魔法をリョータに向かい放つ。
だが、リョータ目がけて放たれたはずの魔力の塊は、一瞬前まで彼が立っていたはずの場所を通りすぎ、そのまま地面に激突した。轟音と共に、部屋の中が鳴動する。ど、どうなっている!? まるで体が消えたかのようにあっさりとかわしたぞ!?
致命的な敵の攻撃をリョータはなんなくかわし、間合いを詰めると手にした聖槍で魔族の足を一突きする。
リョータの放った一撃は見事に魔族の膝を粉砕し、煙を吹き出しながら魔族の巨体が大きく揺らぐ。
「今だ!」
「うおおおっ!」
今が好機だ。私とジャネットは、左右から一気に魔族へと迫る。
振り回される腕をかわすと、その腕に剣を振り下ろす。
聖剣と神剣の前に、魔族の腕はあえなく切り飛ばされた。
だが、魔族はまだ戦意の衰えない目でリョータを睨みつけている。まだ何か奥の手があるのか?
次の瞬間、魔族の口から黒いガスが放出された。あれは……毒ガス! 駄目だ、あんな至近距離から食らってはかわしようがない!
だが、放たれた毒ガスはリョータを捉えることはなく、空しく四散していく。
その時には彼の姿はすでに魔族の頭上にあった。い、いつの間にあんなところに!? この私が、彼の動きをまったく追えないだと!?
そのまま魔族目がけて降下すると、リョータは槍を魔族の脳天へと突き出す。
「秘技・落槍撃」
「ギャアアアアアア!」
リョータの槍が魔族の頭部を貫く。勢いそのままに手元まで串刺しにすると、魔族は不気味な絶叫を上げた。
槍を引き抜き着地すると、頭部から煙を上げながら魔族の体が崩壊していく。
崩れ落ちる魔族の体を前に、リョータは何事もなかったかのように悠然と立っていた。
その後はあっけないものだった。抵抗の意思を失った邪教徒どもは次々と投降した。大部屋に戻るとそのまま町からの応援を待つ。
作業を進めながらも、私の脳裏をよぎるのはリョータのことばかりだった。
今回初めて行動を共にしたが、この男、やはり計り知れない力を秘めている。あの武器にあの槍さばき、そして到底人間業とは思えぬあの動き……。信じがたいほどの強さを持ちながら、なぜ今の今までその名を聞くことがなかったのか? いったい彼は何者なのだ?
まあ、それも今後明らかになっていくだろう。一つはっきりしているのは、彼は私を飽きさせないということだ。
息をつくと、私は再び作業へと戻っていった。