6 疾風の女剣士
町を襲った魔族のボスとおぼしき化物を一蹴した俺。
ボスの首を取られ、魔族たちは散り散りになって逃げ出していく。頭がいなければ、連中など烏合の衆だ。放っておいても構わないだろう。
魔族たちを撃退し、歓声を上げる冒険者たち。
その時、群衆の中から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あんた、今の剣は何だったんだい?」
その声に、俺は振り返る。
そこには、ラフな服に身を包んだ茶髪の女が立っていた。先ほどギルドで見た女剣士、ジャネットだ。
「何とは何がだ?」
「とぼけるんじゃないよ。さっきの秘剣ってヤツさ。いったいどんな奇術を使ったんだい?」
「見ての通りだ」
この女、なかなか鋭いな。一度見ただけで、あの技には何か裏があるのではないかと感づいたか。
もっとも、あんな瞬間移動を見せられれば、そう思う方が自然な気もするがな。
もちろん俺は、そんな素振りは微塵も見せない。女もしぶしぶと言った様子ながら、この場は納得したようだ。
「あんた、見ない顔だね。名は?」
「まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないのか?」
「はっ、あたしの名を知らない奴なんてこの町にはいやしないさ。そうだろ?」
「大した自信だな、ジャネット」
「そういうこと。で、名前は?」
「リョータだ」
「へえ、おもしろい名前だね」
ひゅうと一つ口笛を吹くと、ジャネットが俺の方へと寄ってくる。
「ずいぶん腕が立つみたいだけど。どこのギルドの奴だい?」
「さっきここのギルドに登録したばかりだ」
「へえ、じゃあその前は?」
「ない。これが初めてだ」
「そうなのかい?」
うさんくさげな表情でジャネットが俺を見る。それから、それじゃあとばかりに口を開いた。
「あんた、この後ヒマはあるかい?」
「まあ、特に予定はない」
「じゃあさ、これからあたしにつき合いなよ。いいだろ?」
「……いいだろう」
少し考えて、俺は首を縦に振った。この女はAクラスの名の知れた冒険者ということだし、ここでコネクションを築いておくのも悪くない。
「よし、それじゃ決まりだ。ついてきな」
そう言って、ジャネットがしっしと人を払いながら歩き出す。俺もついて行こうとすると、衛兵らしき男が慌てて駆け寄ってきた。
「姐さん、困りますよ! こっちの人にはまだいてもらわなくちゃ!」
「何だい、別にいいだろ? 何ならあたしが事情を聞いておいてやるよ」
「し、しかし……」
「黙んな」
ジャネットが睨みつけると、男は慌てて引き下がる。この女、この町ではずいぶんと顔がきくみたいだな。
「それじゃあ行こうかい」
「ああ」
群集を背に、俺はジャネットの後へと続いた。
「さて、ここだよ」
そう言ってジャネットが案内したのは、ギルドの近くの酒場だった。
「お前、こんな時間から飲むつもりなのか?」
「酒を飲むのに時間なんて関係ないさ」
そんな風にうそぶくと、ジャネットは店の中へと入っていく。俺もその後についていった。
まだ昼だと言うのに、店の中はそれなりに賑わっていた。どうやらギルドの冒険者御用達の酒場のようだ。胸元の開いた制服を着た店員が、いらっしゃいませと俺たちを迎え入れる。
店内を歩いていると、冒険者とおぼしき酔っ払いが、ジャネットに声をかけてきた。
「ようジャネット、魔物が襲ってきたとかいう話はどうなった? お前が片づけてきたのか?」
「ああ、それならこの坊やが始末したよ」
「へえ、そんな小僧がか? なんだい、そいつはお前の新しい男かなんかか?」
「冗談。こんな坊やに手を出すほどあたしゃ落ちぶれちゃあいないさ」
「へへっ、どうかね。坊主、お前も気をつけろよ。油断してたらちょん切られるかもしれねえぜ」
そんなことを言いながらジョッキのビールをグイッとあおる。真っ昼間からいい気なものだ。
「ほら、こっちだよ」
酔っ払いなど放っておけと言わんばかりに、ジャネットが店の奥へと進む。
「マスター、いつものを二つだ」
ジャネットの注文に、白い口髭を生やしたマスターが無言でうなずく。見るからに寡黙そうな人物だ。
「あんたも飲めるよな?」
「ああ、問題ない」
問われて俺はそう答える。前世的には未成年だが、ここでは法律も違うだろうし構わんだろう。ジャネットやマスターも、特に気にしている様子もない。
そのままジャネットは店の奥のカウンターの方へと進む。そこが彼女の定位置なのだろう。
ジャネットの隣に、俺も腰をかける。
席につくと、ジャネットが俺に笑いかけてきた。油断のならない笑みだ。
マスターから酒を受け取ると、俺にも一つ勧めてくる。
「ほら、あんたも持つんだよ」
乾杯ということか。うながされるままに、俺もグラスを持つ。
「さて、それじゃまずは魔族を撃退した祝いだ」
そう言って、ジャネットは俺のグラスに自分のグラスをコツンと当てた。