47 学校にあいさつへ
あさってからカナが学校へ通う。その前に学校にあいさつをしておこうということで、今日はカナといっしょに学校に行く。
そもそも俺にしたところでこの世界に来たばかりなのだから、学校で軽く冒険のイロハを教えてもらいたいくらいなのだがな。さすがに今さら学校に行くというのも何だしな。
「カナ、着替えは終わったか?」
「うん」
振り返ると、半ズボンにチョッキを着たカナが帽子をかぶっているところだった。うん、よく似合ってるな。
「よし、それじゃそろそろ行くか」
「うん」
俺はカナの手をつないで部屋を出る。
玄関を出ようとしたところで、二階からジャネットが声をかけてきた。
「おや、これからお出かけかい?」
「ああ、少し学校へ行ってくる。カナに学校までの道もおぼえてもらわないといけないしな」
「あんた、いよいよ保護者だねえ。カナも友だちができるといいね」
「うん」
カナがうなずく。以前は無言でうなずいていたものだが、このごろカナは「うん」と返事するようになってきた。
この前までは正直学校に入れるにはコミュニケーション能力が足りないかとも思っていたが、今くらいの感じなら大丈夫だろう。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ、行っといで」
「行ってきます」
戸締りをジャネットにまかせると、俺とカナは手をつないで学校へと向かった。
冒険者養成学校は、ギルドから少々離れたところにある。
俺はカナに目印になる建物を教えながら、二人並んで学校へと歩いていく。
まあ、しばらくはこうやって俺がいっしょに送り迎えすることになるだろう。
学校はおおむね半年でそのカリキュラムを終えるそうで、二か月ごとに新入生を迎え入れているそうだ。カナはタイミングがちょうどよかったらしい。
一つの科目は一か月から二か月で終わるらしく、これを毎月数科目ずつ履修する形のようだ。塾や予備校で単科講座を受けるようなものだな。
そういう形式であれば、遅れて入ってきたから不利、ということはあまり起こらないであろう。あとはカナのがんばり次第だな。
俺にとっては幸いなことに、学校に通っている間は俺たちの戦いにはついてこないとカナは約束してくれた。
前回の戦いで危険がないことはわかったとは言え、やはり戦場にカナを連れて行くとなると一抹の不安が頭をよぎるからな。これで半年は余計な心配をせずにすむ。俺たちについてきたければ、がんばって学校で勉強しろというわけだ。
そんな風にエサをまいておけば、カナもきっと必死で勉強するに違いない。まあ、半年後に立派に成長しているのなら、それはそれで俺としては嬉しい話だ。
やがて、俺たちは学校に到着した。
建物はほどほどに立派で、それなりに大きい。
「カナ、ここが学校だ」
「学校、大きい。立派」
カナが少し興味をそそられたような顔をする。喜んでもらえたなら俺も満足だ。
少し歩幅が大きくなっているカナを連れ、俺たちは学校へと入っていった。
玄関で用件を話すと、俺たちは建物の一室に案内された。
その客室で、俺とカナは職員と顔を合わせていた。中年の男で、どうやらそれなりのポジションの人間らしい。
俺はその男と話していたが、どうもそいつは俺たちにあまりよい印象を持っていないようであった。
男が、俺に釘を刺すように言う。
「いいですか、くれぐれも問題は起こさないように頼みますよ。ただでさえ文字を知らない生徒は手を焼かせがちなのですから」
そう言って、男が手元の資料に視線を落とす。
「その子は元々奴隷だったそうですね。言葉も不自由でものも知らない、と。しかしですね、ここは冒険者を養成する場ですから、そういう事情は一切関係ないですよ」
いちいちどうでもいいことをあげつらって嫌味に言う。余程俺たちのことが気に入らないとみえるな。
そう思っていると、男は今度は俺に向かって難癖をつけてきた。
「だいたい保護者のあなたにしてからが、最近王都のギルドに登録したばかりの新人だそうじゃないですか。話では魔族を退治して国から褒賞ももらったりしているみたいですが、少し仕事をしたくらいでいい気になられては困ります。そのあたり、くれぐれもお忘れないように」
なるほど、こいつはこの学校にも通ってないぽっと出の俺がちやほやされているのが妬ましいのか。元奴隷のカナや素性の知れない俺を蔑んだりと、権威主義的で歪んだエリート意識の持ち主だ。
興が乗ってきたのか、男がさらに言う。
「この学校には貴族の子弟もいらっしゃるのです。文字もろくに読めない平民や奴隷風情が勘違いをしないように、その子にはよく言いつけておいておくことをおすすめしますよ」
これは暗に貴族たちには逆らうなとほのめかしているのか。こうも露骨に権力におもねって俺たちを見下されると、単に不快だという以上にカナの扱いが心配になってくる。
学校の方針なのかこいつ個人の問題なのかわからないが、ここは俺も釘を刺しておいた方がよさそうだな。
どれ、以前もらったあれをためしてみるか。
俺は手元に一本の剣を転移させると、男の前に示して言った。
「お前の言う貴族とは、この家よりも格上なのか?」
無造作に机に放り投げられた剣の紋章を見るや、男の顔色が変わる。
「こ、これはシュタイン侯爵家の紋章!? い、いったいどこでこの剣を!?」
「そこのどら息子と面識があってな。どうしてももらってほしいと言うからもらってやった。もし何かあったらいつでも声をかけてくれと言われているのだが、どうしても不満があるのならお前とその貴族を俺が侯爵家へ取り次いでやろう」
「め、滅相もない!」
みるみる顔を青ざめさせて、男が声をしぼり出す。
ふん、より格上の権威にはすぐに尻尾を振るか。思ったよりも効き目があるのだな、この剣は。
俺の目の前では、カナを丁重に扱うだの何だのと、男が手のひらを返したかのように訴えている。これでカナも学校で過ごしやすくなるだろう。
男の話を聞き終えると、俺は満足して学校を後にした。