44 和解
後方に控えていた部隊が砦に到着し、祝勝会の準備が始まる。
その前に魔物の死体の後片づけもしないといけないから、なかなか大変な作業だ。
だが、サラの部隊はそのあたり優秀なのか、しばらく待っていると用意ができたとの連絡が入る。
こうして、ささやかな宴が始まった。
砦の外に設けられた会場で、俺はカナやジャネットと共に簡単な食事と酒を楽しんでいた。
「それにしても、あんたにはいつも驚かされるよ。まさかあんな技まで持っていたとはね」
「ジャネットにそこまで言わせるとは、俺もあの技を見せた甲斐があったってものだな」
「あの魔族、どう見ても並みの人間に倒せる相手じゃなかったからね。Sクラス以上の連中でパーティー組んでどうにか討伐できるかってレベルだったよ、あれは」
そうなのか。あの魔族相手にそれでは、人間側も苦労するわけだ。まあ、俺ならあの奥義を使わなくても倒せただろうがな。
「カナは戦いを見てどうだった? やっぱり怖いか?」
「カナ、平気。怖くない」
俺の顔を見ると、表情も変えずカナが言う。
ほう、あれほどの死体や激闘を見たというのにな。これは意外と適性があるのかもしれない。もっとも、単に強がっているだけなのかもしれないが。
「そうか、それじゃ学校に行ってしっかり勉強しないとな」
「うん。カナ、勉強する」
「よしよし、いい子だ」
お茶を飲むカナの頭をなでる。そうしながらジャネットと飲んでいると、向こうから金髪の女がやってきた。サラだ。
「隣に座ってもいいか?」
「ああ」
俺がうなずくと、サラは隣に座って酒を一杯あおる。
「すまないな、こんな形だけの宴で」
「そんなことはないさ。楽しませてもらっている」
「そうか、気に入ってもらえてよかった」
少しほっとしたようにサラが笑う。
「王都に戻れば正式に祝勝会を開く。何せ我々人間が魔族に大陸の端にまで追いやられて以来、初めて勝利した記念すべき戦いなのだからな。その時には来てくれるか?」
「ああ、もちろんだ」
「そうか。では楽しみにしていてくれ」
そう言うサラに、俺は何気ない調子で言う。
「俺はてっきりお前には嫌われていると思っていたんだがな」
「それはあながち間違いではない。お前が助けに来たあの時まで、私はお前を少しばかり腕が立つのを鼻にかけただけの、どこにでも転がっているただの口先冒険者だと思っていたからな」
「これは手厳しいな。俺はそこまでダメな奴だと思われていたのか」
「もちろん、今ではそれが間違いだったとわかっている。見る目がなかったのは私の方だ。これまでの非礼、許してもらえるだろうか」
「そんなことは気にしてないさ。それに、非礼というなら俺の態度は王女殿下に対するものじゃないからな。捕まっても文句は言えん」
「それこそ気にする必要はない。私は王女である前に、一人の騎士なのだからな」
生真面目な顔でサラが言う。
そんな彼女に俺は言った。
「そういえばそうだったな。確かに、お前は立派な騎士だ」
「な……」
目を見つめながら言うと、サラは頬を少し赤らめた。
「四魔将と対峙した時の部下を守ろうとしたあの姿、あれはまぎれもなく騎士のあるべき姿だ。以前親の力でどうだの言ったのは完全な俺の誤りだった。すまない」
「わ、わかってくれればいいのだ。これでお互い様だな、昔のことはお互い水に流すことにしようではないか」
「そう言ってもらえると助かる」
「こちらこそ。……ありがとう、リョータ」
意外な言葉に驚き頭を上げると、サラはぷいとそっぽを向く。照れ隠しとは、かわいいところもあるじゃないか。
そんな俺たちに、ジャネットが酒を片手に話しかけてきた。
「お二人さん、仲直りはできたかい?」
「まあな。まさかお前、俺たちの話をずっと聞いていたのか?」
「そりゃあね。何はともあれ、お互い誤解が解けてよかったじゃないか」
「お前はリョータと同じパーティーだったな」
「ジャネットってんだ。よろしくね、姫騎士様」
「ああ、よろしく」
うなずくと、サラがカナへと目を向ける。
「この子の名は何と言ったかな?」
「カナだ」
「そうか。カナ、実は私ははじめお前のことを元奴隷だと蔑んでいたのだ。団長室でリョータにあんなことを言ってしまったのも、そのことが原因の一端だった。この場を借りてわびさせてもらいたい。すまない」
そう言って頭を下げるサラを、カナは不思議そうに見つめる。どうやら彼女が何を言っているのかよくわからないようだ。
「リョータ、この人、どうして、頭下げる?」
「そうだな……彼女はカナと仲よしになりたいんだ。カナも仲よしになってあげてくれないか?」
「仲よし、カナ、嬉しい」
「そうか、よかったなカナ……これでいいか?」
「ああ、構わない。ありがとう。それではカナ、今から私とお前は友だちだ」
「カナ、友だち、嬉しい」
「この人はサラと言うんだ」
「カナ、サラ、友だち」
そう言って、カナがサラを見つめる。
そんなカナにほほえむサラに、俺は聞いた。
「ところで俺はお前のことをどう呼べばいい? やはり殿下、とかか?」
「それはやめてくれ。普通にサラでいい」
「そうか、よろしく、サラ」
「こちらこそよろしく、リョータ」
お互い笑うと、手元の酒を一息に空にする。
そんな調子で、楽しい宴の時は過ぎていった。