40 魔族の砦へ
家に戻った俺たちは、城行きの服から戦闘用の服に着替えて戦いの準備をする。
「カナはとりあえずいつもの服を着なさい」
「わかった」
そう言われて、カナがワンピースを脱ぎ出す。さすがに俺もそちらから目をそらす。今度、男の前では服を脱がないよう言っておかないとな。
俺は俺で、とりあえず動きやすそうな服を選んで適当に着る。
この前買った軽装鎧を着こんで準備完了だ。脇に剣を差すと、カナに声をかける。
「カナ、着替えは終わったか?」
「うん、終わった」
その声に振り返ると、着替え終えたカナが俺の方を見ていた。
「よし、行くか」
「うん」
そう言ってカナの手をつなぐと、俺は大広間に出た。
「やあ、準備はできたかい?」
二階から、準備を終えたジャネットが声をかけてくる。
彼女はいつも通りのジーンズ、黒ジャケットに剣を一本ぶら下げている。
まあ、こいつは速さが売りだからな。余計なものは装備しない方がいいのだろう。
「ジャネットは準備が楽そうでいいな」
「何ならあんたもそうしたらどうだい? なかなか快適でいいもんだよ?」
「俺は臆病なんでな。遠慮しておこう」
玄関に三人そろうと、俺が二人に言う。
「それじゃ、まずはピネリのあたりまで飛ぶか」
「おっ、転移魔法だね? あたしは滅多に利用したことがないから、一つお手柔らかに頼むよ」
「心配するな、そんなに構えるようなものじゃない」
そう言って、俺は玄関から出る。
それから少し待って、俺は言った。
「それじゃ、そろそろ行くぞ」
「ああ、いいよ」
二人の手を握りながら、俺は転移魔法を発動させる。
次の瞬間、俺たちの身体はピネリへと飛んでいた。
「おお、ホントにこんなところまで飛べるんだね! リョータ、凄いじゃない!」
感心したようにジャネットが言う。
「何、大したことじゃないさ」
「このまま一気に敵のところまで飛んでいくのかい?」
「その前に、まずお姫様と合流しておきたいな。勝手に動いたら後でまたうるさそうだ」
「そうなのかい? あんたもずいぶんと目をつけられたモンだねえ……」
ため息をつくジャネットに、俺も肩をすくめる。
「さて、それじゃ行こうか」
「あいよ」
そう言って、俺は再び転移を始めた。
ピネリに着いてからは、目に見える範囲で少しずつサラの本陣に近づいていく。
「サラの近く」と念じて飛べばすぐに着くのだろうが、いきなり陣中に現れるのもいささかあれであろう。オスカーに聞いた情報をもとに、徐々に場所をしぼっていく。
そんな俺の様子に、ジャネットがやれやれといった調子で言う。
「転移魔法ってのも、案外まどろっこしいモンなんだねえ」
ちっ、当の俺自身が思っていることを遠慮なく言ってくれるな、こいつは。
「物事なんていうのは、そうそう思い通りにはいかないものなのさ」
そう言いながら俺は転移を繰り返す。
やがて、俺たちは川を越えた小高い丘に着いた。太陽は沈みかけ、夕日があたりを赤く照らす。
「聞いた話だと、本陣はこのあたりだ」
「そうかい、それじゃあさっさと行こうよ」
「そうだな。ジャネット、あんまり姫様に目をつけられるようなことはするなよ?」
「リョータに言われたくはないよ。あんたこそ、いきなりケンカなんてするんじゃないよ?」
「せいぜい気をつけるさ」
そう笑うと、俺は二人と共に本陣のあたりへとジャンプした。
転移した先では、見回りの兵士たちがうろついていた。
俺は彼らに話を聞く。
「オスカー団長の頼みで先発隊の援護にきた。サラ副団長はどこにいる?」
「副団長なら、遊撃隊を率いて砦の攻略に向かっております」
そう言いながら、向こうの方を指さす。ああ、あれが砦か。
どうやらここに残っているのは後方担当の部隊のようだな。足の速いサラの遊撃隊が先発隊として選ばれたわけか。
「わかった。今から行く」
言って、俺は砦の方へと転移した。
とりあえず砦の目の前あたりに飛んでみたが、あいにくそのあたりにはサラたちの姿はなかった。
あたりには魔族の死骸がごろごろと横たわっている。どうやらオークが主力の部隊のようだな。
「残念だな、このあたりではなかったか」
「でも、すぐ近くみたいだよ」
ジャネットの言う通り、近くから金属のぶつかる音や怒声が聞こえてくる。どうやらそう離れてはいないようだ。
だが、ジャネットの表情が冴えない。
「……ちょっとこれは、旗色悪いんじゃないのかい?」
「……そうだな」
遠くから聞こえてくる声は、どうも人間の悲鳴が多いように思える。
これはかなりまずい状況なのかもしれない。サラが簡単にやられるとは思わんが、魔族側も相当な大物が出てきているのかもしれないな。
サラたちを救うため、俺は急いで音の方へと転移した。