37 冒険者養成学校について
城に着ていく衣装も無事決まり、俺たちは夕食を取ることにした。
服を選んでくれたお礼ということで、レーナも食事に招待する。
レーナはお礼なんていいと遠慮していたが、俺がいっしょに食べたいと言うと、顔を赤らめてそれではと承諾してくれた。
本当はレーナにも服を買ってやりたかったんだが、それは断られてしまったからな。食事まで断られなくてよかった。
俺たちが入った店は、家族連れが気兼ねなく食事できるような店だ。王都でも評判の店ということで、この前レーナが教えてくれた店だ。
注文した料理が並べられ、俺たちはあいさつをすませると皿に手をつける。
「へえ、こりゃうまいね!」
鳥の脚にかじりついたジャネットが、感嘆の声を漏らす。右手に脚を握りしめて、何とも豪快な食い方だ。
ジャネットの隣にはレーナが座り、こちらはずいぶんと上品にナイフで脚を切りながらフォークで食べている。こうして並んでいると、とても同じ女とは思えないな。
カナは俺の隣で、ナイフとフォークを手にレーナのまねをしようとしている。
なかなかうまくいかないようなので、俺が手本を見せてやると、カナはその様子をじっと見ながら目をそらそうとしない。
一連の流れを見た後でそれを再現しようとするが、どうもうまく切れないようだ。しびれを切らしたのか、ナイフとフォークを手元に置くと、そのまま手づかみしようとする。
「ほら、カナ。一つずつやってみろ。まず、こうだ」
「こう」
俺が少しずつナイフを入れるのを見ながら、カナも少しずつナイフを入れていく。
その様子を見ながら、ジャネットがほほえましそうに言う。
「こうして見ると、あんたたちホントに兄弟みたいだねえ……」
「そうなのか?」
「いや、もう親子って言った方がいいのかもしれないね」
「おいおい、俺はまだ17だぞ」
「その年なら子供の一人や二人いたって別に不思議じゃないさ」
そう言ってジャネットが笑う。そうか、この世界では俺くらいの年だともう大人とみなされるのか。まあ、日本でも昔は元服は早かったしな。
「そう言えばレーナ」
「はい、何でしょう?」
「カナは、もう学校に行く手続きは終わっているのか?」
「はい、そちらはもう大丈夫です。勲章の授与式が終わってから入学ということでよろしいですよね?」
「ああ、それで頼む」
「はい、かしこまりました」
それから、俺はカナに聞く。
「カナは学校、楽しみか?」
「カナ、学校、わからない」
「そうだな……前にカナは言ってたな、字が読めるようになりたいって」
「うん」
「他にもいろんなことを学べるぞ、例えば……」
そこまで言いかけて、俺はふと気づいた。
こっちの世界の学校って、そもそも何を学べるんだ?
考えてみれば、こちらの学校が日本の学習指導要領にしたがって授業をしているはずがない。いったいどの程度のことを学ぶのだろう。
俺はレーナに聞いてみた。
「レーナ、カナが行く学校ではどんなことを習うんだ?」
「はい、カナちゃんが行くのは冒険者養成学校ですから、冒険の準備や武器の使い方、食べられるものと毒のあるものなどを習いますね」
「だそうだ。カナ、そういうのは興味あるか?」
「食べられるもの、好き」
カナが手元の料理に口をつけながら言う。そうだよな、この流れだとその答えになるよな。
「レーナ、勉強はどんなことを習えるんだ? 文字は習えるよな?」
「はい、読み書きができない方はそちらのクラスになります。その他、数字の数え方や足し算、引き算も習いますね。後は先ほどの食べられるものをおぼえたり、モンスターをおぼえたり、いろいろです」
「なるほど」
最低限の計算は習えるわけか。そう言えば、以前倒した盗賊も数字が数えられない奴だったな。
まあ、義務教育を課せられる日本でさえ、関数の操作はおろか分数の計算さえままならない人間はごまんといるからな。数がかぞえられれば、それで十分なのかもしれない。
「カナは数字、数えられるか?」
「うん。いち、に、さん……」
両手の指を折りながら数えはじめたカナだったが、その声が十で止まる。どうやら両手の指の数までしか数えられないようだ。いや、カナの境遇を考えれば、そこまで数えられるだけでも十分立派か。
「ちなみに、ジャネットは数字、どこまで数えられるんだ?」
「あんた、もしかしてあたしをバカだと思っちゃいないかい? 驚くんじゃないよ、あたしは数字を百まで数えられるさ!」
「……まあ、そんなもんだよな」
「あ、あんた今あたしのことバカだと思ったね! そういうリョータはどうなのさ!」
「そうだな、例えば1から50までの数字を全部足したらいくつになるか、二人はすぐに計算できるか?」
「へ? そ、それくらい簡単さ! えーと、いちたすにいたすさんたす……」
「リョータさん、いじわるですよ。そんなの書くものがないとできません」
「いや、簡単だ。50×51÷2で、答えは1275だ」
俺の答えに、ジャネットとレーナが疑わしげな目を向ける。
「ちょいとリョータ、答えがわからないからって適当な答えを言うのはなしだよ」
「適当ではない。何度でも言おう、答えは1275だ。何ならレーナ、今計算してみるといい」
「え? あ、はい……」
そう言われ、レーナが慌ててカバンからがさがさの紙を取り出してペンで計算する。ちなみにあのペンは、ギルドの職員に支給されるちょっとした魔法のグッズなのだそうだ。
ご丁寧に1から順にせっせと計算していたレーナが、驚きの表情で顔を上げる。
「せ、正解です……。リョータさん、いったいどうやってこんな計算を……」
「何、大したことじゃない」
実際、大したことじゃない。学校にもよるだろうが、等差数列の計算など高一か高二で習うからな。中学受験生ならそれこそ十歳くらいで習う内容だ。
もっとも、日本でもほとんどの人間は挫折するんだがな。このくらいの勉強は、やはりやっておくべきということか。とりあえずハッタリには使えるからな。
まあ、地球でも数学や天文学というのは古代の時点でずいぶんと発達していたらしいから、下手をすればそんなハッタリはまるで通じない可能性も普通にあるのだが。
だが、とりあえずこの場の三人の度肝は抜くことができたようだ。
まあ、カナはあまりよくわかっていないようだが。
「す、凄いですリョータさん! こんな計算、ギルドの誰もできませんよ!」
「そ、そんなに凄いのかい? さすがリョータ、あたしが見こんだ男だよ!」
「リョータ、凄い?」
「ええ、とっても凄いのよ、カナちゃん」
さすがにそこまで言われると、少々恥ずかしいな。まあ、いずれカナにも教えてやろう。
その後もカナの行く学校の話などで盛り上がり、俺たちは楽しい夕食の時間をすごした。