32 新たな同居人
ジャネットが、俺の家に越してきた。
マースの町へ迎えに行くと、荷物といっしょに俺たちは王都へと転移する。
本来この距離を転移するのは、よほど高位の転移魔法士でなければ不可能だ。だが、そういうことにはあまり興味がないのか単に無知なのか、ジャネットは俺の転移魔法よりも豪邸の方に反応した。
「やっぱこの家、リッパにもほどがあるよねえ」
無駄に立派な門構えに、ジャネットがため息をつく。
ジャネットはいつも通りシャツにジーンズ、黒いジャケットとラフな格好だ。
もっともこう見えて、身に着けているものはどれも仕立てがよく、値の張るものばかりなのだが。以前のデートで俺もそれはさんざん思い知らされた。
俺はジャネットの荷物を半分持ちながら、門をくぐって家の鐘を鳴らす。
荷物など、それこそさっさと部屋へ転移してしまえばすむ話なのだが、こうやって手に取って運んでみせることも大事だろう。ただの便利屋扱いされても困るしな。
しばらく待つと、扉の向こうに人の気配がした。
俺はあちら側の人物に声をかける。
「カナ、そこにいるか?」
「どなた、ですか」
「俺だ、リョータだ。扉を開けてくれ」
そう言うと、目の前の扉が開いてカナが顔をのぞかせる。
俺は空いている方の手で、カナの頭をなでてやりながら言う。
「偉いぞカナ、よくちゃんと名前を聞けたな」
「リョータ、カナ、リョータ、わかってた。それでも、聞く?」
「そうだ。俺のフリをする奴がいるかもしれないからな。できるか?」
「カナ、リョータ、間違えない。でも、できる」
「そうかそうか、偉いぞ」
それから、カナにジャネットを紹介する。
「カナ、これからいっしょに暮らすジャネットだ。あいさつしなさい」
「こんにちは、ジャネット」
「こんにちは、カナ。おとといぶりだね。これからよろしく頼むよ」
ジャネットが笑うと、カナは無言でこくりとうなずく。どうやら嫌がったり怖がったりはしていないようだ。
もっとも、ジャネットはそのあたりがわからないようで、やや不安げに俺に聞いてくる。
「もしかして、あたし、カナに嫌われてるのかい?」
「まさか。カナはいつもこんな感じさ。お前もそのうちわかってくる」
「そ、そうかい? ならいいんだよ」
そう言いながらも、カナを見ながら首をかしげる。
「わかるように、なるのかねえ……」
俺はそんな彼女の様子に苦笑しながら、カナに声をかけた。
「カナ、ジャネットの荷物を持ってあげなさい」
カナはこくりとうなずくと、ジャネットから荷物を受け取ろうとする。
少し困ったようにジャネットが言った。
「い、いいよ。これくらい、自分で運ぶさ」
そう言うジャネットに、俺が言う。
「ジャネット、カナに持たせてやってくれ」
「いや、でも」
「しつけというか、教育みたいなものだ。それとも、どうしても渡せないものが入っているのか? だったら無理にとは言わんが……」
「ああ、いや、別にそういうわけじゃないんだよ。それじゃカナ、これをお願いできるかい?」
こくりとうなずいて、カナがジャネットの荷物を手に取る。
「それじゃ、部屋に案内する。ついてきてくれ」
「あいよ」
軽くカナの頭をなでてやると、俺はカナと並んで二階への階段を上る。ジャネットもその後ろからついてきた。
二階の客間の一室の前に着くと、俺はドアを開いてジャネットを招く。
部屋の中を見て、ジャネットが目を丸くした。
「へえ……。こりゃまたずいぶんと豪華な部屋じゃないかい……」
高そうなカーテンや大きなベッドを見ながら、ジャネットが嬉しそうに言う。
「ここ、ホントにタダで借りちゃってもいいのかい?」
「もちろんだとも。お気に召したようで何よりだ。何か必要なものはあるか?」
「今のところは別にないね、思い出したらその時に言うよ。食事や手洗いは一階だったね?」
「ああ、これから紹介する。食事の時は俺かカナが知らせに行く」
「あんたたちの部屋にいてもいいのかい?」
「そうだな、普段はそちらにいてもらっても構わない」
「それじゃそうさせてもらうよ。二階で一人ぼっちってのもさみしいからね」
そう言ってジャネットが笑う。こういう顔を見ると、まだ年相応の娘なのだなと思う。まあ、それは俺も同じか。
荷物をベッドの隣に置くと、カバンだけ取り出してジャネットが言った。
「それじゃ、あたしはこれからギルドで登録の手続きをしてくるよ。あんたたち、何か買ってきてほしいものはあるかい?」
「そうだな……」
俺はしばし考える。
「ジャネット、お前料理は作れるか?」
「料理かい? 自慢じゃないけど、あたしゃ料理にはちょっと自信があるよ」
そう言って、ジャネットが不敵に笑う。
「意外だな。人は見かけによらないということか」
「ちょいとあんた、失礼な奴だね。このあたしのどこが見かけによらないって言うのさ?」
抗議するようにジャネットが口を尖らせると、いいよ、あんたたちは黙って見てな、などと言って、そのまま外へと出かけていってしまった。妙なスイッチを刺激してしまったか。
もっとも、心配は杞憂であった。両手に食材を抱えて帰ってきたジャネットは、台所に入るとてきぱきと料理を作り上げていく。
食堂のテーブルに並べられた料理は、どれも美味なものであった。まさかジャネットにこんな才能があったとはな。
これはうまい、とおだててやると、「そうだろ、それじゃこれからも作ってやろうか?」などと嬉しそうに言ってくる。まったく、ちょろいものだ。
ちょうどいい機会なので、その場で彼女を食事担当に任命した。これからは俺たちも、少しはまともなものが食えるようになるだろう。
こうして俺とカナ、そしてジャネットの三人での暮らしが始まった。