30 カナとの約束
魔界から侵攻してきた魔族を撃退したその翌日。俺はギルドに顔を出すべく、外出の準備をしていた。
玄関から外に出ようとすると、カナが俺の服の裾をつかんでくる。む、いったいどうした。
「どうした、カナ?」
「リョータ、ギルド、行く?」
「ああ、昨日はいろいろあったからな」
「カナ、ギルド、行く」
「……は?」
この娘は、また突然何を言い出すのか。
「あのなあ、俺は別に遊びに行くわけじゃないんだぞ?」
「リョータ、言った。カナ、ギルド、連れて行く、約束」
「え……?」
「お城、出た、留守番、言った」
そう言われて、俺は記憶を思い返してみる。確か城に行った後で魔族を倒しに行くことになって、その時にカナを家に連れて行って……。
「ああ……」
「リョータ、思い出した?」
「そう言えばそうだったな、ギルドに連れて行く約束……」
「そう、約束」
うっかりしていた。あの時、どうしても俺についていくと言うから、今度ギルドで適性を見てもらってからにしようと言ってしまったのだった。
と言うか、まさかそんなことをおぼえているとも本気にするとも思っていなかった。うかつだ。
だが、約束してしまった以上は破るわけにもいかないか。
「わかった。カナ、着替えてきなさい」
「うん、待ってて」
そう言うと、カナはとてててと部屋へ戻る。
しばらくして、動きやすそうなズボンとシャツに着替えたカナが戻ってきた。こうして見ると、パッと見は男の子みたいだな。
「よし、それじゃ行くか」
「うん」
カナが俺の手を握る。さっさと転移しようと思っていたが、カナがいっしょなら二人で歩いていくか。
そう決めると、俺は玄関の扉を開いてカナと二人歩き出した。
二人並んで歩きながら、俺はカナに聞いてみる。
「カナ、本当に戦場までついてくるつもりなのか?」
「うん。カナ、強くなる」
どうやら本当にやる気のようだな。言っても聞きそうにない。
もっとも、別にカナを連れて行ってもいいか、とは思い始めているところだ。危険になりそうなら転移して逃がせばいいだけだからな。
それに、ひょっとしたらカナにも意外な才能が眠っているかもしれない。とりあえず適性をチェックするくらいならいいか。
「もし冒険者になるなら、カナはどんな職業がいい?」
「カナ、職業、わからない」
「ああ、そうか」
考えてみれば、俺もどんな職業があるのか知らないな。魔法にしたところで、どんな系統の魔法があるのかも把握していない。
まあ、とりあえずギルドで聞くか。
しばらくして、俺たちはギルドに到着した。
そのまま、レーナのところまで移動する。
受付では今日もレーナが仕事をしていた。俺の顔を見て、レーナの表情が明るくなる。
「リョータさん、カナちゃん、こんにちは」
「ああ」
レーナが声を弾ませて俺に手を振る。
俺も右手を上げてそれに応じると、そばまで近づいて用件を口にする。
「今日は頼みがあってきたんだが」
「はい、何でしょう?」
「実はカナの冒険者の適性を見てもらいたいんだ」
「え、ええ!?」
レーナが驚いて声を上げる。
「リョ、リョータさん、カナちゃんを戦わせるつもりなんですか!?」
「俺にそのつもりはないんだが、カナが行くと言ってきかなくてな。とりあえずチェックだけでもしてやってもらえないか?」
「う、う~ん……」
あまり乗り気ではないようだな。それも当然か。
カナも察したのか、俺の手を引っぱって言う。
「カナ、冒険者、なりたい」
「本人もこう言っている。それに、カナくらいの子供が冒険者登録するのは別に珍しいことじゃないだろう? 俺もカナを危険にさらすつもりはさらさらない。安心しろ」
「う~ん、わ、わかりました……。それじゃ、担当の人を呼んできますね」
渋々といった調子で言うと、レーナは担当を呼びに席をはずした。
カナが俺の顔を見上げながら言う。
「カナ、冒険者、なれる?」
「さあ、そこまではまだわからないな。こればかりはギルドが決めることだから、冒険者になれなかったからといってわがままを言うんじゃないぞ?」
「うん、カナ、ガマンする」
「まあ、なれないと決まったわけじゃないさ。逆にいろいろと手伝ってもらうことになるかもしれないから、その時は頼む」
「うん、カナ、お手伝いする、いっぱい」
わずかに頬をゆるめてカナが言う。俺も彼女の感情の変化が少しずつわかるようになってきたものだ。
しばらくして、レーナが担当者を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。それじゃカナちゃん、このおじさんについていってくれるかな? では、この子をよろしくお願いします」
そう言いながら、レーナが男に頭を下げる。
言われた通り担当についていくカナに、俺は声をかけた。
「カナ、がんばれよ」
「うん、カナ、がんばる」
そう言うと、カナは担当と共にギルドの奥へ歩いて行った。
カナの才能か。別になくても構わんが、少し楽しみだな。