29 ジャネットの驚き
「い、家ってあんた、こんなところに住んでるのかい……」
酒場から家へと転移すると、ジャネットはあんぐりと口を開いたまま固まった。
無理もあるまい。俺が住んでいるのは、貴族もかくやというような大豪邸だからな。
「あんた、いったいいくら稼いでるんだい……? 何かよくないことに手を出してるんじゃないだろうね……」
「安心しろ、至極まっとうな商売しかしていない」
嘘は言っていない。クエスト以外の収入と言えば、両者納得の条件で適正価格でレストランに魚を売っているだけだからな。
しばらくの間まじまじと屋敷を見つめていたジャネットは、気を取り直したように首を左右に振ると、俺の右腕にからみついてきた。
「リョータ、あんたもなかなかどうしてすみに置けないねえ。こんなサプライズを用意してるなんてさ。おかげでお姉さん、もうメロメロだよ」
わずかに鼻にかかった声で、俺の右腕に慎ましやかな大きさの胸を押しつけてくる。何がそんなにお気に召したのかわからんが、まあいいだろう。
門をくぐり、玄関の鐘をからからと鳴らすと、俺は鍵が開いていないか確認する。
うん、ちゃんと閉まっているな。戸締りはばっちりのようだ。
ジャネットと腕を組んだまま、俺は扉を開いて玄関に入る。
吹き抜けのホールを前に、ジャネットが目を輝かせながら言った。
「ちょっとちょっと、何だいこの家は! リョータ、あんたホントにお貴族サマか何かなのかい?」
軽く舞い上がっていたジャネットだったが、向こうの部屋からとてててと駆け寄ってくる影にその表情が凍りついた。
小さな影はまっすぐ俺の方へと向かってくる。そして、俺の前に止まると言った。
「リョータ、おかえり」
「ああ、ただいま。ちゃんと留守番できていたな、カナ。えらいぞ」
そう言うと、俺は左手でカナの頭をなでる。カナもくすぐったそうにそれを受け入れている。
そんな俺たちの様子に、ジャネットが口をパクパクさせながら声を漏らした。
「あ、あんた、こりゃいったいどういうことだい……? こんな小さい子といっしょに……。リョータ、あんたまさかそんな趣味があったのかい……? それとも、も、もしかして、この子、あんたの子供だったり……?」
「そんなわけないだろう。カナはこの前の盗賊討伐で助け出した子だ。身寄りもないから、今は俺が保護者になっている」
「盗賊討伐……? ってちょっと待ってよ、あの王都近くの盗賊を壊滅させたのってリョータだったのかい!? 冗談だろ、Sクラスの冒険者もやられたっていうあの盗賊どもをやっちまったのかい!?」
驚いたといった顔でジャネットが目を見開く。そうか、ジャネットにはまだ話していなかったな。
と、ジャネットをじっと見つめていたカナが口を開いた。
「リョータ、この人、誰?」
「ああ、紹介がまだだったな。彼女はジャネット、俺のパーティーに入ってくれた剣士だ。これからうちで暮らすことになったからよろしくな」
カナは何も答えずに、俺の左手をぎゅっと握ってきた。
「どうした、カナ?」
「その人、リョータ、くっついてる。カナ、くっつく」
そう言って、カナがその小さな身体を俺の左腕にピトリと合わせてくる。
その様子に、ジャネットが苦笑いしながら俺から身体を離す。
「あはは、お嬢ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたようだね」
カナの前に立つと、少しかがんでジャネットが声をかける。
「お嬢ちゃん、カナって言うのかい?」
「うん」
「あたしはジャネット。これからよろしくね」
「よろしく」
そう言いながら、カナが俺の手を強く握ってくる。初対面の相手に、まだ警戒心が解けないのだろう。空いた右手でカナの頭をなでてやると、俺はジャネットに言う。
「二階はどの部屋も空いているから、好きな部屋を選んでくれ。食堂や風呂場は一階にある」
「何だい、つれないねえ。あたしはあんたと同じ部屋がいいんだけどねえ」
「俺はそれでも構わんが、カナがいるからな」
俺の手を握ったまま無表情にジャネットを見つめ続けるカナを見ながら、俺は言う。ジャネットも本気で言っているわけではないようだ。
「それじゃしかたないね。お嬢ちゃんが大人になるまでお預けってところかね。もちろん、夜這いならいつでも待ってるよ?」
「冗談はほどほどにしないと、真に受けても知らないぞ?」
「ははっ、このジャネット様に夜這いをかける度胸がある男なら大歓迎さ。その時はたっぷりとかわいがってあげるよ」
「おぼえておこう」
一つ笑うと、俺は今度はカナも連れてマースの町へとジャネットを送り、支度ができたら迎えにいくと伝えた。
二日後には、ジャネットが俺の家へと引っ越してくる。これからは、カナと三人、新たな生活が始まることになるだろう。