26 ピネリ防衛戦
さて、ピネリの町に来たはいいが、この町の人間はまだ持ちこたえているだろうか。
周りがよく見えるように教会の屋根の上に転移したのだが、思いのほかよく見える。教会なんてのは大抵町の真ん中にあるからな。
見たところ、町の中にはまだ入りこまれていないようだ。市壁の外で魔族を食い止めているのか。
どうやら南の方で戦っているみたいだな。まあ、魔族は南から侵攻してきたのだし、それも当然か。では行くとしよう。
転移した先では、人間と魔族の死闘が繰り広げられていた。南側の市壁の門は今にも壊れそうだ。
その門のあたりには、魔族が群がるように集まってきている。ざっと百五十はいるか。聞いた話よりも少ないな。
そう思ってる間にも、結構骨のありそうながたいのいい魔族が門に突撃している。これはさっさとどうにかした方がいいな。
お、ちょうどいい感じに崩れた瓦礫があるな。あれでも使ってみるか。
俺はさっそく崩れ落ちていた瓦礫の塊を魔族の頭の上へと落していく。もちろん、10キロはありそうなでかい奴ばかりを何十個もだ。
もっとも、ただ石を落とすだけではない。その高さは実に30メートル。十数階建てのビルから落すようなものだ。3メートルやそこらしかない市壁から石を落とすのとはわけが違う。
思った通り、突如頭上から落下してきた瓦礫の山に魔物どもが次々と倒れていく。
それはそうだろう。自由落下の公式v×v=2gyを適用すれば、瓦礫の速度は毎秒約25m、毎時約90kmだ。空気抵抗があるとはいえ、10キロもの重さの瓦礫がこんなスピードで落ちてくれば大抵の生物は生きてはいられまい。
当然というべきか、そんな瓦礫の直撃を食らい魔族たちは門前でのたうち回っている。運悪く瓦礫が頭部に直撃した魔族は、頭蓋が陥没してあっという間におだぶつだ。楽しくなってきた俺は、魔族の頭上にせっせと瓦礫を落とし続ける。
ものの一分もしないうちに状況は激変した。今や魔族は過半が戦闘不能に陥り、完全に混乱状態だ。この辺がちょうどいいタイミングだろう。
俺は満を持して門の前に転移すると、慌てふためく魔族どもをばっさばっさと狩っていく。魔物たちは俺が振るう剣によって、なすすべもなく地に伏していく。ふん、雑魚ばかりだな。
人間側も状況の変化に気づいたのか、門を開いて一斉に攻勢に打って出る。
瓦礫攻撃と俺の剣の前に恐慌に陥っていた魔族どもは、勢いづいた警備兵や冒険者たちによって次々と蹴散らされていった。
それほど経たないうちに、戦いの趨勢は決した。魔族は散り散りになって逃げていく。撃退に成功し、周りから歓声が湧き上がった。
「おい、そこのあんた! えらい強いな、おい!」
「おかげで助かったぜ!」
そう言って俺に声をかけてくる連中もいる。戦の勝利にずいぶんと高揚しているようだ。
「ああ、大したことはない」
「坊主、名は何て言うんだ?」
「リョータだ」
「リョータか! お前、ただ者じゃないな!」
「まあ、これでもAクラスだからな」
「おお! そいつはどおりで強いわけだ!」
俺の周りにはどんどん人が集まってくる。ちょうどいい、こいつらに少し話を聞いてみるとしよう。
「聞いた話だと、もっとたくさんいたらしいが。あれで全部なのか?」
「ああ、そうだった!」
俺の問いに、男たちが思い出したかのように言う。
「四、五十匹くらいがここを素通りしていったんだった! 俺たちも応援にいかないと!」
「連中のボスっぽい奴もあっちに行ってたな! よし、行くぞ!」
慌ただしく動き出す男たちに、俺は聞いた。
「そいつらはどこに向かったんだ?」
「ああ、北に向かったからきっとマースの町だな。王都からも援軍がこっちに向かってるだろうが、間に合うかわからん。あんたも来てくれよ」
男の一人がそう言って市壁の中へと走っていく。馬でも取りに行くのだろうか。
しかし、マースの町か。俺が初めにすごした町じゃないか。では今ごろは、ジャネットたちが敵を迎え撃っているのだろうか。
町の中へと戻っていく男たちを尻目に、俺は転移魔法でマースの町へと飛ぶ。悪いな、俺にはのんびり馬に乗ってるヒマはないんだ。
マースの教会の屋根に転移した俺は、さっそくどこで戦いが始まっているか見回してみる。ここからならすぐにわかるだろう。
予想通り、戦いの場はすぐに見つかった。それは俺の目の前、町の広場だった。
広場には、焼け焦げた人間の屍がいくつか転がっている。顔見知りの冒険者たちも何人かそこに集まっている。
だが地上に魔族の影はない。魔族の姿は――上空にあった。
ちょうど今の俺の目線より少し高いくらいのところに、翼を広げた魔族が浮いている。
広場に集まった冒険者たちには興味を示さず、その魔族は広場の中央で剣を構える一人の冒険者を見下ろしている。
その冒険者――『疾風の女剣士』ことジャネットは、空を飛ぶ魔族を苛立たしげな表情できつく睨みつけていた。