25 魔王軍襲来
息を切らせて報告する兵士の言葉に、団長室にいた全員が絶句する。魔王軍? この世界にも魔王なんて奴がいたのか。さすが異世界だな。
もっとも、他の連中はそんなのんきなことは考えていられないらしい。椅子から立ち上がったオスカーが、兵士に詳しく問いただす。
「その報告、間違いないんだな? 敵の数は?」
「はっ、報告によれば魔王軍は約二百……」
「二百だと!?」
兵士の言葉に、オスカーとシモン、そしてサラが驚きの声を上げる。何をそんなに驚いているのだろうか。
「馬鹿な、ありえん! それほどの数の魔族を動かせるとは、上級魔族が動いているというのか!」
信じられないといった顔で叫ぶオスカー。なるほど、上級魔族でなければ三ケタの数は動かせないのか。言われてみれば、人間界の町も人口が少ないし、三ケタというのは結構大きな数字なのかもしれない。
俺も聞きたいことがあったので、オスカーに聞く。
「ずいぶんと話が違わないか? 今は魔界大公とやらが死んで魔界側も混乱しているのだろう?」
「そうだ。だから信じられないのだ。ただでさえ混乱しているはずなのに、その上二百もの魔族を従える上級魔族が攻め入ってくるなど……」
「混乱しているからこそなのかもしれないな」
そうつぶやいたのはサラだった。少し考えこむような仕草で話す。
「トップが死んで連中の統率が取れていない時期だからこそ、この機に乗じて動き出した上級魔族がいたのかもしれないな。とすれば、今回の魔王軍の侵攻は組織的なものではなくその魔族の単独行動なのかもしれない」
「なるほど、言われてみればそうかもしれませんな」
オスカーとシモンがうなずく。俺も同感だ。この女、ただのお飾りかと思っていたが、なかなかどうして軍事や政争には明るいじゃないか。
その後もオスカーは報告を兵士から聞く。だいたいの状況を把握したのであろう。報告を聞き終えると、オスカーが命令を発する。
「話は聞いての通りだ。ただちに兵を集めよ! シモン、とにかくすぐ動ける者を集めてこい!」
「はっ!」
「副団長、遊撃隊の面々は?」
「任せろ、そろい次第すぐに出撃する」
「うむ、それではそちらはお任せする。ではシモン、行くぞ!」
「はっ!」
そう言うと三人が部屋から出て行く。
と、俺たちの存在に気づいたのかオスカーが振り返って言う。
「リョータ君、聞いての通りだ。悪いが話どころではなくなった」
「そのようだな。気にするな」
「かたじけない。君とはまたあらためて話をさせてもらう。それでは、失礼!」
それだけを言うと、オスカーはシモンと共にその場を足早に立ち去ってしまった。まあ、話は別にいつでも構わんがな。
誰もいなくなった団長室を出ると、カナが少し不安げに俺を見上げてくる。
「リョータ、みんな、戦う?」
「ああ、そうだな」
「リョータ、行く?」
「まあ、そうなるな。まずはその前に家に帰ろう」
廊下の脇の柱の陰に入ると、俺はカナといっしょにさっさと自宅に転移した。
家に戻った俺は、とりあえず戦いに出る準備をする。と言っても、いつも似たような格好をしているのだが。
地図を取り出し、ピネリの町とやらの位置を確認する。ほう、ジャネットの町から少し南に行ったところなのか。
神様からもらった剣を腰に差すと、俺はカナの頭をなでてやる。
「それじゃカナ、お前は留守番だ」
ところが、どういうわけかカナは首を横に振る。
「カナ、留守番、いや」
「いやって言われてもな。戦場にカナは連れていけないだろ?」
「カナ、行く、大丈夫」
「わがまま言うな。しっかり留守番するんだぞ、いいな?」
「いや、カナ、行く」
珍しく言うことをきかないカナに、俺も少しばかり困惑する。さてどうしたものか。
少し考えて、俺はカナに言った。
「わかった、それじゃ今度ギルドで相談してみよう。ひょっとしたら、カナにも何か才能があるかもしれないからな。でも、今日は駄目だ。相談している暇がない。だから今日だけは見逃してくれ。な?」
「約束?」
「え?」
「ギルド、相談、約束?」
「あ、ああ。もちろんだ」
「……わかった」
渋々といった様子で、カナが俺のそでから手を放す。表情はほとんど変わっていないというのに、俺も大分カナの感情がわかるようになってきたな。
素直に言うことを聞いてくれたカナに、俺は頭をなでて応えてやる。
「いい子だ、カナ。それじゃ、行ってくるぞ」
「いってらっしゃい。リョータ、がんばって」
「ああ」
そううなずくと、俺はピネリの町へと転移した。