23 王国騎士団の長
「とりあえず、そのあたりにでもかけてくれたまえ」
「ああ」
騎士団団長のオスカーにうながされ、俺とカナは並んでオスカーの向かいに座る。オスカーの隣にはシモンが座る。
短くそろえた金髪はやや色が抜けてきているが、筋骨たくましい男だ。さすが騎士団を任されるだけのことはある。
純粋な剣の腕は俺より上、いや、それどころかジャネットよりも上であろう。前に戦った用心棒と比べても、その腕は引けをとらないかもしれない。
そのオスカーが、カナを見て言う。
「その子は盗賊から解放したという奴隷の子かね?」
「ああ。今は俺といっしょに暮らしている」
「リョータ殿が責任を持って育てるのだそうです。まだ若いのに、大したものですよ」
「ほう、そうなのか。大した男気だな」
「それほどでもないさ」
自分のことが話題になっていると気づいたのか、カナが前に座る大人たちの顔をきょろきょろと見比べる。
それから、俺のそでをつかみながら口を開いた。
「リョータ、優しい。カナ、リョータ、好き」
「それは良かったね、お嬢さん」
「うん」
無表情にカナがうなずく。そんなカナの様子に笑顔を見せると、オスカーは俺の方を向いた。
「今日君を呼んだ用件については、伝わっているね?」
「この前シモンから聞いた。魔族の討伐に手を貸してほしいという話だったな」
「そう、その通りだ。あの盗賊団を一人で壊滅させるほどの腕だからな。ぜひとも力を貸してもらいたい。もちろんそれ相応の報酬は出すつもりだ」
「それについてなんだが」
「うむ? 何かね?」
俺の言葉に、オスカーが聞き返す。
俺はこの男から情報を引き出すことにした。軍のお偉いさんなら、ある程度いろいろと知っているだろうしな。
「実は田舎から出てきたばかりでな。学もないので今この世界がどうなっているのかよくわからないんだ。人間界の国や魔族の領域とか、各勢力の力関係とかを簡単に聞かせてもらえないだろうか」
「ああ、流れの旅人ならそんなこともあるかもしれないな。いいだろう、簡単に説明しよう。もっとも、私には君が学がないようには見えないがな」
「よろしく頼む」
俺がうなずくと、オスカーが説明を始めた。
「まず人間と魔族の力関係についてだが、これは人間側がずっと押されっぱなしだ。こちらもSクラスの軍人や冒険者を国境に配置して何とかこらえているが、この大陸のおよそ三分の二は魔族によって支配されている。人間界と隣接するエリアは長らく魔界大公と呼ばれる上級魔族が支配していたが、これが最近何者かに討たれ、魔族は大いに混乱しているらしい」
「その話ならシモンに聞いた。では人間界について聞きたい。国はいくつくらいあるんだ?」
「人間界には四つの王国と、いくつかの小国がある。四王国は連合して魔族に立ち向かっているが、実際に戦っているのは魔族領域――魔界と隣接している三王国でな。モンド王国だけは資金や物資の協力にとどまっている」
「なるほどな」
「さらに言えば、この隙を狙って勢力を拡大しようともくろむ小国もあるのでね。全兵力を魔界方面に向けることはできないのだよ」
人間側も一枚岩ではないということか。そんな調子では、魔族たちに劣勢を強いられるのも無理ないな。
「一番力のある国はどこなんだ?」
「一番というのはわからないが、四王国の中でも有力なのは我がミルネ王国とライゼン王国だろう。マクストン王国とモンド王国が後に続く。小国の中でも、ラビーリャ公国とソレルネ教国は四王国に次ぐ国力を誇っている。特にソレルネには教皇が住まうからね。発言力は大きい」
「どこの世界でも宗教というのは力があるものなんだな」
「まるでこの世界の人間ではないような言い方だね。その通り、特にこんな世の中では力のない者は信仰にすがるしかないのだよ」
「この国にも信徒が?」
「ああ。この街にも教会があるだろう? 教会と冒険者ギルドは一国に匹敵する巨大組織だな」
話を聞いていたカナが、俺を見上げて言う。
「リョータ、シューキョー、何?」
「宗教ってのはな、神様を信じる人たちの集まりだ」
「神様、いる?」
「さあな。いると思う奴が集まって信じてるんだろう」
「カナ、リョータ、神様、同じ」
「ははっ、そいつはどうも。でも、人前では言うんじゃないぞ」
笑う俺に、目の前の大人たちも笑いながら言う。
「ははは、カナちゃんにとっては確かに君は神様のようなものだろうな」
「そうですな、カナちゃんの言うことももっともです」
「あんたらまで真に受けないでくれませんかね」
「リョータ、神様、シューキョー」
何が気に入ったのか、言葉をおぼえたての子供のようにカナが繰り返す。まあ、実際おぼえたての言葉なのだが。
そんなカナの頭をなでていると、突然団長室の扉が荒々しく開かれた。その音に、俺たちの視線がそちらに集中する。
長く美しい金髪をなびかせてずかずかと乱暴に部屋に入ってきたのは、騎士服を身にまとった若い美貌の女だった。