226 久々の情報収集
秘書がついてから、仕事が劇的に楽になった。
スケジュール管理の大切さを痛感する。こんなことならもっと早く導入するべきだった。まあ、秘書を選んだクレマンの人選が素晴らしいということなのかもしれないが。
とはいえ、いつまでも秘書として借りるわけにはいかないな。この男も元々は総督府のスタッフとしてここに来たのだ。俺が仕事に慣れてきたら、自前の秘書を探すことにしよう。
それはともかく、俺も少し余裕ができてきた。そこで、俺は久々に外へ出かけることにした。家の外ではなく、人間界の外へ、だ。
というわけで、今俺は魔界の魔族の一人と仲よく対面して談笑している。じっくりと話し合うため、相手の両足は槍で壁にはりつけている。
話がわかる魔族もいるとわかり、最近では俺もまずは話し合いから始めるよう心がけている。獣人みたいな連中がいるかもしれないからな。
もちろんこいつにも、ちゃんと最初に「人間のことをどう思っているか」と尋ねてみた。「人間など我々魔族のエサにすぎん」と答えたので、俺も遠慮なく俺なりのおもてなしをしているというわけだ。いや、訪問した側がおもてなしというのもおかしな話か。
今回は事前のスキンシップも欠かさなかったため、相手の口も軽い。
「つまり、今も魔族に協力する人間は多く存在するということか」
「そ、そうだ。無論、我々に認められるほどの人間などほんの一握りだがな」
「なるほどな。俺は仲間に入れてもらえるかな」
「あ、ああ、お前なら魔王様も喜んで受け入れてくれるさ。それほどの腕を持っているのならな」
「そいつは魅力的だな」
卑屈に笑う魔族に不敵な笑みを返すと、俺は魔族に聞いた。
「ところで聞きたいのだが」
「何だ? 答えてやるから約束通り治療してくれよ?」
「わかっている。さて、お前は龍について何か知らないか?」
「龍?」
「ああ。お前が知る限り最強の龍は誰だ?」
俺の問いに、一対の角を生やした人型の魔族はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「そんなことか。決まっている、最強の龍はと聞かれれば、誰だって魔龍王ネーラスと答えるさ」
「魔龍王?」
「ああ。魔界北西部、死の山脈に棲みつく化け物だそうだ。魔王様でさえうかつには手出しできない、魔界でも1,2を争う荒くれ者さ」
「ほう、そんなおもしろい奴がいたとはな」
興味をそそられた俺は、少しくわしく聞いてみる。
「そいつは魔王には従ってないのか?」
「そうだ。畏れ多くも魔王様に従わない賊だ」
「魔王に敵対しているということか?」
「そういうわけでもない。普段は山奥にこもっているが、気まぐれに町を一つ焼き払ったりする。災厄そのものだ」
「配下はいるのか?」
「さあな。いるにはいるだろうが、一大勢力というわけでもない。そもそも勢力争いにそれほど興味がないのだろう」
「なるほどな、一匹狼というわけか」
魔界も完全に魔王の支配下にあるというわけではないのだな。
目の前の魔族が続ける。
「何せ魔王様が現れるよりも昔から存在しているという噂だからな、あの龍は。おそらく魔王様、あるいは魔界大元帥が討伐に向かわない限り従わせることはできないだろう」
「魔界大元帥? それは何者だ?」
初めて聞く単語に、俺は思わず問う。
「ああ。まだ若い魔族だが、恐るべき強さで頭角を現した化け物だ。魔王軍の中でも最強、魔王様に次ぐ力の持ち主なのは間違いない」
「そんな奴がいるのか」
「言っておくが、貴様ごときが敵う相手ではないぞ。せいぜい顔を合わせないよう祈ることだな」
「それは楽しみだ」
そう言って笑うと、俺は魔族の足に刺さった槍を転移して抜いてやる。
前のめりに崩れ落ちる魔族に、俺は声をかける。
「使えそうなものはもらっていくぞ。ほら、お前が言っていた傷薬もくれてやる」
手元に転移させた傷薬を魔族に向かって放り投げる。
それを受け取った魔族がふたを開け、薬を傷口に塗ると、たちまち傷口がふさがっていく。ほう、なかなか便利だな。あれがあれば、いちいちカナの手をわずらわせることもあるまい。
回復したからか、たちまち魔族は傲岸不遜な態度へと戻る。
「ふははははは! 愚かな人間よ、ここから生きて帰れると思うなよ! 油断しなければ貴様ごとき、即座に抹殺してくれるわ!」
「そうか、それはよかったな」
そう言い残して、俺はさっさとその場から転移した。もちろんあの傷薬も回収しておく。今ごろあの魔族はぽかんと間抜け面をさらしているところだろう。
もちろん、俺が奴を生かしておいたのは仏心からではない。大した知力もなさそうな魔族だったが、少しは使い道があるだろうと思いストックしておいたのだ。プライドだけは高い連中のことだ、「人間にボコボコにされました」などという報告、できようはずもない。仮に言ったところで誰も信じないだろうしな。
それにしても、今回は予想外にいい情報を手に入れることができた。ジャネットの力試しに手ごろな龍の情報を求めていたのだが、そんな化物が存在するとはな。他にも魔界で有名な龍がいるか、別の魔族に聞くとしよう。
加えて、魔界大元帥とやらの存在だ。あの木っ端魔族の言うことだから話半分ではあるが、まあそれなりには力のある魔族らしい。まだ若いらしいが、まさか俺と同年代くらいの子供だったりするのだろうか。
さて、そろそろ帰らないと、総督府の仕事も残っているしな。自分の机の上の書類の山を思い出した俺は、少々げんなりしながらイアタークへと帰るのだった。
私にもスケジュール管理してくれる美人秘書がほしいです。
しばらくスローペースの投稿になりそうですが、がんばります。