22 王城へ
今日は城へと向かう日だ。支度を終えた俺は、カナに留守番を頼む。
だが、今日はカナが俺の手を離そうとしない。
「どうした? カナ」
「カナ、留守番、いや」
「いや?」
「カナ、リョータ、いっしょ、いい」
これは困ったな。この前の留守番がよっぽど寂しかったのか。
「カナ、リョータ、いっしょ、行く」
「え?」
「ダメ?」
「うーむ……」
カナが寂しがるのももっともだが、さすがに話し合いの場にカナを連れて行くのもどうかと思うのだが……。
そんな俺の心の葛藤は、無表情ながら目を潤ませて俺を見上げるカナの顔を見ていっぺんに吹き飛んだ。こんな顔をされては一人にしてはおけない。
「わかった。カナ、いっしょに行こう」
「リョータ、いっしょ。嬉しい」
そう言うカナの顔が少しだけゆるんだように見えた。その頭を軽くなでると、俺はカナが着替えるのをしばし待つ。
しばらくして着替えを終えたカナの手を握ると、俺はまず王国騎士団のシモンと合流するためギルドへと向かった。
ギルドではすでにレーナとシモンが待っていた。カナの姿を見て、二人が驚いた顔をする。
「カ、カナちゃん? こんにちは。あの、リョータさん、これはいったい……?」
「この娘さんもいっしょに連れて行くのですかな?」
「ああ、留守番が寂しいそうでな。カナ、二人にあいさつを」
「こんにちは、お姉さん、おじさん」
カナがぺこりと頭を下げる。ややとまどったシモンだったが、やがて観念したように口を開く。
「まあ、別にお嬢さんがいても問題ないでしょう。それでは城までお連れしますぞ」
「ああ、よろしく頼む」
「おじさん、よろしく」
「はは、どういたしまして」
頭を下げるカナに、シモンが笑う。そうして俺たちは彼に案内されて城へと向かった。
「ところで、リョータ殿」
「何だ?」
城への道を歩いていると、シモンが俺に話しかけてきた。
「この子は、リョータ殿が解放したという例の奴隷の子ですかな?」
「ああ、そうだ」
「なるほど。身寄りのいないこの子をリョータ殿が養っていると聞きましたが」
「まあな。放ってはおけなかったのでな」
「ですが、それなら王国に保護を求めることも可能だったのでは? 孤児院もありますが」
「それでは何となく無責任な気がしてきてな。それに、ほら、見ろ」
「……なるほど、確かにリョータ殿が面倒を見た方がいいのかもしれませんな」
俺の手を握って離そうとしないカナを見て、シモンがうなずく。こんなに懐かれては、さすがに突き放すわけにもいかない。
そんな俺とカナを見ながら、シモンが感心したように言う。
「うむ、実に立派ですな。まだお若いと言うのに、人一人の人生まで背負いこもうとするとは。このシモン、感服いたしましたぞ」
「そんな立派なもんじゃないさ」
まあ、勝手に持ち上げてくれるならそれに越したことはないがな。
そんなことを話しながら歩いているうちに、城の正門が近づいてきた。
カナが背をのけ反らせるようにしながら城門を見上げる。
「お城、おっきい……」
「そうだな。門の高さだけでもざっと3メートルはあるか」
「3メートル?」
「ああ、すまん。カナには難しかったな。こんな大きな建物は初めてか?」
「うん。前、ご主人様、もっと小さい」
前の主人の屋敷はもっと小さかったか。それはそうだろう。何と言っても、ここは国王の住まう城なのだからな。
カナの反応に、シモンも楽しげに笑う。
「ははは、カナちゃん、城の中も凄いぞ? 楽しみにしてるといい」
「お城、凄い? カナ、楽しみ」
表情こそあまり動かないが、カナは案外率直に自分の気持ちを言葉にしてくれるので助かる。瞳は期待でキラキラしてるしな。
城の中に入ると、目の前にとてつもなく広い吹き抜けの空間が広がる。よく磨かれた床には赤いカーペットが敷かれている。
カーペットの両端には等間隔で兵士が並び、二階の方では文官であろう連中が何人も廊下を行き来していた。
今まで見たこともない広さの大広間に、カナが珍しく大きな声を上げた。
「おっきい! リョータ、おっきい!」
「ははっ、そうだな。俺もこんな広い部屋は初めてだ」
「それはそうですとも、ここは王城ですからな。さ、こちらです」
そう言って、シモンが右側の廊下へと入っていく。俺とカナも、その後に続いた。
踏み心地のいいカーペットの上をしばらく歩いていると、重々しいつくりの扉の前につく。
シモンが言った。
「こちらが団長室です。中で団長がお待ちです」
そう言って、シモンが「失礼します」と中にあいさつする。「どうぞ」と返事があったので、シモンはその重そうな扉をゆっくりと開いた。「例の冒険者を連れてきました」と言いながら、俺たちを室内へと招く。
学校の校長室のような雰囲気のその部屋には、これまた重厚な造りの長机が置いてある。そしてその奥の方に、四十歳前後の男の姿があった。
その男が、俺に向かって言う。
「ようこそ、リョータ君。私が王国騎士団団長のオスカーだ」
騎士服なのだろうか、シモンと同じ服に身を包んだ男は、そう名乗った。