219 視察
ようやく総督府の事務仕事にも余裕ができてきたので、俺は外へと視察に出ることにした。
カナを人に預けると、俺はジャネットを連れて城の外へと出る。
さて、それでは最初の視察先へと向かうとするか。
「で、今日はどこに行くんだい?」
両手を頭の後ろで組みながら、ジャネットが聞いてくる。
「ああ、すぐそこだ」
俺が大通り沿いの看板を指さすと、ジャネットも納得したようにうなずく。
「ははあん、なるほどね。いいんじゃないかい?」
「だろう? では行くか」
そう言って、俺は看板のある建物――冒険者ギルドへと入っていった。
イアタークの冒険者ギルドは、意外と広い。ここが魔界攻略の拠点となり冒険者たちが集まることを見越して、かなり大きめの建物を使うことにしたのだ。
さすがに王都のギルドほどではないが、それでもそれに匹敵するほどの広さがある。まだ仮オープンなだけあって、受付の窓口はそのほとんどが閉じられている。
だが、俺の予想に反して、ギルドの中はオープンしたばかりだというのに結構な人でにぎわっていた。まあ、確かに今はイアターク攻略以降もシモンたちといっしょに残ってた冒険者が多いのだろうが。
とりあえず、俺は窓口の方へと向かう。
「どうだ、ギルドの調子は」
「あ、リョータさん」
笑顔で顔を上げたのは、このギルドのマスターに就任したレーナだった。
「ギルドマスターみずから受付とはな。精が出るな」
「まだスタッフがいませんから。私が出ないと人が足りないんです」
レーナが苦笑する。確かに、これだけの冒険者がいればレーナも窓口に出なくては間に合わないかもしれんな。
「それにしても、こんなに冒険者がいるとは予想外だな。これでは冒険者をさばき切れないのではないか?」
「もう少しすれば、スタッフが補充されますから。それまでの辛抱です」
「そうか」
「どうも、結構な数の冒険者の皆さんがこのままイアタークに残るつもりらしいんですよ。何せ魔界に一番近いギルドですし、高難易度のクエストも多そうだということで」
「まあ、確かにそういうクエストは多くなるだろうな。総督府からもいろいろとクエストを出す予定だしな」
元々、この町に残っている冒険者はイアターク攻略戦に参加していた腕利きの連中ばかりだしな。なるほど、こいつら、こうなることまで見越してイアタークに残っていたのかもしれんな。
「総督としてなにか手伝えることはあるか?」
「いえ、今のところは大丈夫です。忙しくはありますけどね」
「レーナ、レーナ、酒が好きそうな連中はいたかい?」
「え? ええ、そういう方も多そうですけど……」
「そいつはいいや! 親衛隊の連中が集まるまでは、そいつらと飲むことにするよ!」
こいつ、それを聞きたかったのか。少しは肝臓を休めてやれよ。
「親衛隊?」
レーナが首をかしげる。そういえばレーナには話していなかったか。
「俺の直属の部隊だ。ジャネットが隊長でな」
「そうなんですか。リョータさん、総督様ですもんね」
「まあな。サラにもすすめられて、総督府の組織として組みこむことにした」
窓口の向こうがわを見れば、数名の職員が忙しそうに書類を処理している。オープン間もない時期でただでさえ忙しいのに、想定外の数の冒険者登録まで加わって大変そうだ。
「レーナ、何かあったらすぐに俺に言え。今は俺もそこそこ権力を握っているからな、大抵のことなら手伝えるはずだ」
「そ、そんなことを頼むわけには……はい、ありがとうございます」
遠慮しようとしたレーナが、考え直すかのように言葉を飲みこんでから俺にうなずく。こういうあたり、このごろはレーナもずいぶんと素直になってきた。
総督府としても、冒険者が食いつきそうなクエストをどんどん出していかないとな。それが評判になれば、今後はイアタークでのギルド登録者の人数もますます増えていくだろう。
そうなれば、俺としても『クロノゲート親衛隊』のスカウトがやりやすくなる。俺自身も魔界についての情報は必要だし、そのためには冒険者や親衛隊を活用していかなくてはならないからな。
荒くれ者も増えてくるかもしれんが、そこは俺が目を光らせているからな。それに、ケビンが来たらギルドの方も担当させる予定になっている。奴はミルネを代表する冒険者なのだ。冒険者どももうかつなことはできんだろう。レーナも仕事がしやすくなるはずだ。
しばらくレーナからギルドの説明を受けた後、俺たちは総督府に戻ることにした。
「邪魔したな、レーナ。また邪魔するぞ」
「はい、お待ちしてますね」
笑顔で俺たちを見送るレーナに、俺はふと思い出したことがあって声をかけた。
「そうだレーナ。そろそろ俺も仕事が落ち着いてきそうだ、今日からいっしょに夕食を食わないか」
「夕食、ですか?」
「ああ。お前の仕事が終わったら、俺の執務室か居間に顔を出してくれ。大丈夫だろう?」
「は、はい! もちろんです!」
「それはよかった。では待ってるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうに笑うレーナに手を振ると、俺はギルドを後にした。
「やるじゃないリョータ、レーナも喜んでたよ」
にやにや笑うジャネットを無視して、俺は再び執務室へと戻るのだった。