218 総督府、始動
総督府での仕事が始まった。
最初の数日は大変だった。執務室にはひっきりなしに役人が入ってきて、俺は書類とにらめっこしながらハンコを押し続けたり役人の説明を聞き続けていた。シモンがイアタークの統治を代行していたから、その引き継ぎが大変なのだ。新規にできる部署や店のチェックもしなければならないしな。
俺があくせく仕事をしている最中、部屋のソファではカナとジャネットが二人で何やら遊んでいた。くっ、ジャネットにカナの相手をまかせたのはいいが、あんなに楽しそうに遊んでいるとうらやましくなってしまうではないか。
休憩に入れば俺もいっしょに遊べるかと思っていたが、そんな暇などなく、俺は仕事中ずっと二人のひたすら楽しそうな様子を見せつけられるはめになってしまった。ちくしょう、読みが甘かったか。
それでも、数日たってようやく余裕ができてきた。今日は少しはカナと遊ぶ暇も作れそうだ。
仕事が少々落ち着いてきたところで、俺はカナとジャネットの方を見る。二人は何やらアルプス一万尺のような手遊びをしているところだった。まったく、カナはともかく、ジャネット、お前は子供かよ。
俺は二人に混ざって遊ぼうかと腰を浮かしかけたが、そこでひとつ用事があったのを思い出した。
イスに座りなおすと、せっせとカナの手をタッチしているジャネットを手招きする。
「ジャネット、ちょっと来てくれ」
「何だい、肩でももんでほしいのかい?」
そんなことを言いながら、ジャネットがこちらへとやってくる。まあ、それはそれで悪くないが。
「ああ、そっちだそっち」
「え? こっちからどうやって肩もめってんだい?」
俺の正面にやってきたジャネットが首をひねりながら聞く。
「別に肩をもんでもらいにきたわけじゃない。お前に渡しておくものがあってな」
「渡すもの? 何かプレゼントでもしてくれるのかい?」
「別にそういうわけじゃない」
そう言って、俺は手元の山からひとつの書類を抜き取った。
「これをお前に渡そうと思ってな」
「何だい、こりゃ?」
俺から皮の書類を受け取ると、ジャネットがぴらぴらとさせながら目を細めて文字を読もうとする。
「なになに……? ジャネット殿……貴殿をこのたび……?」
「そうだ、お前を総督府首席護衛官に任命する」
「ご、護衛官……? 首席……?」
よくわからないといった顔で目を白黒させるジャネットに、俺は軽く説明する。
「要は総督府を守る部隊のトップになるということだ。ちなみに、他の護衛官には『クロノゲート親衛隊』のメンバーを任命する。まあ、形式上正式な総督府の一員となってもらうということだな」
「へえ! それじゃ何かい、あたしゃお役人様になるってことかい?」
「まあ、そうなるな。ちゃんと給料も出るぞ?」
「そりゃいいね! じゃあ給料が入ったら飲みにいこうよ!」
お前は新橋のリーマンのおっさんか。まあ、そうつっこんだところで何のことかわからんだろうが。
「それはいいが、ちゃんと働くんだぞ? 俺の護衛はもちろんのこと、親衛隊を率いて魔界の探索にも行ってもらうことになるからな」
「護衛なら大丈夫だよ、いつでもいっしょにいるからさ。探索だっていっしょに来てくれるんだろ?」
「そうとは限らん。こうして総督の仕事もあるからな」
「えええっ!? あんた、か弱い乙女を一人で魔界に送る気かい?」
「親衛隊を率いて、とさっき言っただろう。あいつらの訓練もまかせたぞ」
だいたい、か弱い乙女とは誰のことだ? 今のお前など、それこそ魔王でもなければ倒すことはできないだろうが。
何だかんだと文句を言うジャネットだったが、それでも断るつもりはないらしい。
「まあいいよ、要はリョータの指示にしたがって動けばいいんだろ?」
「まあ、そういうことだ。よろしく頼むぞ」
「まかせときなよ。あたしゃ頼まれた仕事はこなす女だよ」
ジャネットがにやりと笑みを見せる。確かに頼もしい女ではある。
「さて、それじゃ」
用件を終えた俺は、勢いよく立ち上がる。
そして、まっすぐにカナの下へと向かう。
「カナ、少し遊んでやるぞ。何がいい?」
「ちょっと、肩はもまなくていいのかい?」
「肩はこっていない。それより早くカナと遊ばないと、また次の仕事をやらなくちゃならん。ほら、お前もこっちにこい」
「はあ……、まったく、しょうがないねえ」
ため息をつきながら、ジャネットもこちらへとやってくる。
そうしてしばらくの間、俺たちは3人で他愛もない遊びに興じるのだった。