217 新たな職場
「知ってはいるが、やはりこの城はなかなか広いな」
「ああ、総督府と防衛軍の合同庁舎としては十分な広さだ」
新たな職場となる城内を歩きながら、俺は広い廊下を見回していく。
「掃除も行き届いているだろう? あいかわらず私の部下たちは勤勉で、働き過ぎなのではないかと私が心配になってくるくらいだ」
「確かにな。シモンなどは過労死しないように気をつけないとな」
「過労死?」
「働き過ぎで死ぬことだ。俺が前にいた国ではそれで死ぬ者も多かった」
「は、働き過ぎで死ぬ!? そんな国、聞いたことがないぞ!?」
そうだ、ここは異世界だったな。若干脚色も交えて適当にごまかすことにする。
「国というか、前に俺が住んでいた地方だな。農民が税に苦しんでひたすら働いていたのだ」
「なるほど、そういうことならあってもおかしくないかもしれん。我がミルネはそうならないように気を配ってはいるつもりだがな。お前も気をつけてくれよ、総督殿」
「ああ、俺は適当に気晴らしするから大丈夫だ。どちらかと言えば、部下たちの方が心配だな」
「あたしのことなら心配いらないよ、疲れたら飲み屋に行くしさ」
「安心しろ、お前が過労死する可能性はゼロだ」
「ちょいと、そりゃいったいどういう意味さ」
ジャネットがじとりと睨んでくる。もちろん言葉通りの意味に決まっているだろう。
サラの案内で大広間やら何やらを見せてもらった後、俺たちは総督の執務室へとやってきた。
中に入ると、学校の教室くらいの広さがある。一人で使うには広すぎるな。
窓の方にはどっしりしたつくりの立派な机があり、壁際にはこれまた立派な本棚が並んでいる。まだ書物が置かれていないので、何とも寂しい感じではあるが。
来客用のソファとテーブルもあり、どうやら隣には台所も併設されているらしい。お茶やちょっとした食事ならすぐに作れそうだ。
「ここがお前の部屋だ。別に一人で使う必要はない。お前の好きに使ってくれ」
「ああ、どう使うか考えておこう」
そうだな、普段の仕事中はカナとジャネットもここにいてもらえばいいだろう。ラファーネが来たら、そこのソファで家庭教師をしてもらえばいい。
「さっき案内した通り、私の執務室もすぐそこにある。何かあったら来てもらって構わないぞ」
「ああ、お言葉に甘えさせてもらおう」
「サラ、あんたも待ってばかりじゃなくて、自分からこっちに来ないとね」
「わ、私は別に待ってなどいない!」
サラが顔を赤くしてどなる。この二人もあいかわらずだな。
「レーナ、お前もギルドのことで何かあれば、俺のところに相談に来るがいい」
「は、はい、ありがとうございます」
頬をうっすらと染めて、レーナがうなずく。やはり可憐でかわいい女だ。
「せっかくだし、ちょいとお茶にしないかい? そこの台所も使ってみたいしさ」
「ああ、それがいいな」
うなずくと、俺たちは座り心地のよさそうなソファに腰をおろす。
しばらくして、台所に行ったジャネットが茶を持って戻ってくる。
カップを手に取り、茶を飲みながら俺たちは談笑する。
「いよいよ総督の仕事が始まるのか。大変そうだな」
「そうだな、早く仕事に慣れてくれよ」
長い脚を組みながらサラが笑う。
「それに、来月には総督就任のパレードや式典もある。町の者たちへのお披露目だ」
「そういえばそうだったな」
「王家からは私が名代として出席する。オスカーも軍の代表としてやってくる。他にも王都から高官が何人か来るだろう。ちゃんともてなしてやるんだぞ」
「そういうのは苦手なんだがな」
まあ、だいたいのことは事務方の部下がやってくれるのだろうが。
と、何かに気づいたかのようにジャネットが叫ぶ。
「あ! 来月って、リョータの誕生日じゃなかったかい?」
「え、そうなんですか?」
「む、そうなのか、リョータ?」
「ああ、そういえばそうだったな」
こちらの世界に来てからはそれどころじゃなかったからな。とりあえず、暦があちらとだいたい同じでよかった。
「それでは、就任式典といっしょにお前の誕生日も祝ってはどうだ? せっかくなのだ、盛大に祝ってもらえ」
「それはさすがに遠慮させてもらうとしよう。俺はお前たちに祝ってもらうほうがうれしいからな」
「そ、そうなのか? で、では、私もそのつもりで予定を空けておくとしよう」
「わ、私もお祝いさせてもらいます……」
サラとレーナが顔を赤くしてもじもじする。
「あたしはもちろん、最高の酒を探しておくからね。楽しみにしてなよ?」
「それは単に、お前がその酒をいっしょに飲みたいだけだろう」
「あ、やっぱりわかるかい?」
ジャネットがぺろりと舌を出す。まったく、こいつときたら。
と、カナが俺のそでを引く。
「うん? どうしたカナ、何か食いたくなったか?」
「リョータ、何ほしい?」
「うむ?」
「誕生日プレゼント、あげる」
「な!?」
お、俺にプレゼントをくれるのか!? な、何ていい子に育ってくれたんだ!
「な、何でもいい! 何でもいいぞ! お前がくれるものならな!」
「あーあ、また始まったよ」
「だな」
「リョータさんはあいかわらずですね」
そう言いながら三人が笑う。むむっ、何がおかしいのだ。
まあいい。こいつらに祝ってもらえるなら俺も言うことはないからな。
しばらく就任パレードや俺の誕生会などの話をした後、サラにそれぞれの自室を案内してもらう。
その日の夜は歓迎パーティーのようなものを開いてもらい、それが終わると俺たちは長旅の疲れを癒すべく床についた。