215 新天地までの道のり
日も落ちたころ、俺はジャネットに引きずられて酒場へと向かう。
主要施設は広場に集まっているので、酒場もすぐそこにある。
「この酒場も久しぶりだな」
「そうだねえ、あたしらもよくここで飲んだもんだっけか」
「いや、マースにいたころは数えるほどしか飲んでいないはずだが」
そんなやり取りをしながら、酒場の扉を開く。
日が落ちたということもあり、中は仕事上がりの冒険者どもでにぎわっていた。
中に入るや、男どもが声をかけてくる。
「お? ジャネットじゃねえか。久しぶりだな」
「戻ってきてたのか、そっちの兄ちゃんも久々だな」
「あれか? あの行列の護衛でもしてるのか? ありゃどこの殿様だ?」
「殿様と言やあ、うわさじゃどこぞの殿様に見初められたらしいじゃねえか。本当なのか?」
こいつ、やっぱり人気あるんだな。というか、その見初めた殿様ってまさか俺のことか?
男たちの問いに、ジャネットが誇らしげに胸をはる。
「まあ、そんなもんだよ」
「おお! まさかお前みたいなのを気に入るもの好きがいたなんてなあ」
「馬鹿、そんな怖いもの知らずがいるわけないだろう。護衛のこと言ってるんだよ」
「兄ちゃんも殿様の護衛か?」
「ああ、そんなところだ」
と、ジャネットがずいと一歩前に出る。
「ちっちっち。あんたたち、聞いて驚くんじゃないよ。何を隠そう、ここにいるリョータこそが……むががが!?」
俺は後ろからジャネットを羽交い締めにすると、その口を右手でふさいだ。こら、暴れるな、何て馬鹿力だ。
「ジャネット、よけいなことを言うな。面倒なことになる」
「何さ、いいじゃない、けち!」
あっさりと俺を振りほどいたジャネットが、不満そうに頬をふくらませる。
「おいおい、夫婦げんかか?」
「そんなもん、犬だって食わねえぜ」
「兄ちゃんも大変だな」
酔っ払いどもがげらげらと笑う。ちっ、勝手に言ってろ。
ジャネットに一杯だけ飲むことを許可すると、俺たちはマスターとも軽く話す。どうやらマスターは俺が新総督になったことを知っている様子だったが、特には触れてこなかった。
その後はギルドに軽く顔を出し、すぐに役所へと戻る。明日は早いので、早めに床についた。
翌日の朝早く、俺たちはマースの町を出発した。
ピネリには、昼を少し過ぎたころに到着する。軍の施設で一泊すると、俺たちはさらに南へと進んでいく。
もちろん、道中ジャネットの声が途絶えることはない。
そして夕方近くになって、俺たちは獣人たちが暮らす村へとやってきた。俺たちがはじめて獣人と会った、あの村だ。
馬車の列が珍しいのか、村人たちが畑仕事の手を止め、あるいは家事を中断して家から飛び出し、俺たちを見つめてくる。サラたちの隊がここを通った時もこんな感じだったのだろうか。
獣人をはじめて見るレーナが、恐る恐る窓の外を見る。
「話には聞いていましたが、本当に耳としっぽが生えているんですね」
「ああ。それ以外は俺たちと特に変わらん」
「そうそう。ほら、あの子らを見なよ。しっぽがかわいいだろ?」
ジャネットが、こちらを見ている獣人の子供たちを指さして言う。こいつはすっかり獣人にハマってしまったようだな。
「でも、驚きました。本当に人間と獣人が一緒に暮らしてるんですね」
「ああ、俺も驚いたものだ。もっとも、長年にわたって魔族どもにこき使われていたという話だがな」
「そんな方々を魔族から解放したんですから、やっぱりリョータさんはすごいです」
「そう言ってもらえるとうれしい」
「レーナ、あたしも手伝ったんだよ、あたしも」
「そうでした。ジャネットさん、すごいです」
「えへへ、それほどでもないよ」
レーナに言われ、ジャネットがにやけて頭をかく。お前、今ほとんど無理やり言わせてただろ。
村長宅の前までやってきた俺たちは、馬車を降りる。
と、俺たちに気づいた子供たちが声を上げた。
「あ! ジャネット姉ちゃんだ!」
「カナちゃんもいる!」
「遊ぼ! 遊ぼー!」
「ははは、あんたたち、元気かい? この後相手してやるよ」
ジャネットが手を振り、カナもそれをマネして無表情に手を振る。まったく、二人とも大した人気者だ。
家の前では、村人に交じって二人の人物が俺たちを出迎えてくれる。この町の村長と、獣人の代表だ。獣人の代表は確かモンディ族のガルと言ったか。
「久しいな、二人とも」
「これはこれはリョータ様、いえ、総督閣下。ようこそお越しくださいました」
「うむ、世話になるぞ、村長」
続いてガルにも話しかける。
「人間とはうまくやれているか?」
「はい。おかげさまでなかよくやっております」
「そうか、それは何よりだ」
と、村長が話しかけてくる。
「それにしても、びっくりしましたぞ。まさかあのサラ様が将軍様で、それどころか王女殿下だったとは。聞くところによれば、リョータ様も男爵様だとか。先日はとんだご無礼をいたしました」
そういえば、この前は身分を明かしていなかったか。
「気にするな。気楽にやりたくて黙っていたのだしな」
そう言って、俺は村長宅へと案内してもらう。今日は俺たちはここに泊まるのだ。
部屋に入り、荷物を置くと、ジャネットが待ちきれないといった様子で俺を急かす。
「ねえリョータ、早く行こうよ。あの子らが待ちくたびれてるよ」
「わかったわかった。レーナ、お前もどうだ? 今のうちに獣人に慣れておくといい」
「そうですね、私もご一緒します」
「カナも行くだろう?」
「うん」
うなずくカナの手を握ると、俺たちは人間と獣人の子供たちが待つ広場へ足を運んだ。
子供たちとひとしきり遊んだ俺たちは、家に戻ると夕食をとり、村長やガルから村の話を一通り聞く。
その後はしばらく談笑し、明日に備えて眠ることにした。