212 閑話 皇后さまのお話
「おばあちゃん、お話して!」
そう叫ぶや、セリスは老女に飛びついた。
「これこれ、セリスは元気だねえ。そうだね、それじゃあ今日は何を話そうかね……」
おばあちゃん、と呼ばれた老女は、深くしわが刻まれた顔をくしゃくしゃに歪ませた。
まだ10には及ばないセリスの頭をやさしくなでながら、意外に張りのある声で老女が答える。
「そうだね、じゃあ今日は皇后さまのお話でもしようかい?」
「皇后さま! セリス、皇后さま好き!」
「そうかいそうかい、それじゃあそこにお座り」
祖母の言葉に、セリスは素直にしたがい、向かい合ってちょこんと正座する。今か今かと待ちわびる瞳は期待に満ち溢れていた。
「さて、皇后さまの何を話そうかねえ……」
「戦い! 姫騎士さまが悪い魔族をやっつけた話!」
「戦いの話が好きだなんて、セリスは男の子みたいだねえ。そうだね、皇后さまが姫騎士と呼ばれていたころは、時空帝と肩を並べて魔王と戦っていたんだよ。まだ時空帝の方が皇后さまの家来だった時代だね」
「家来! 時空帝さまが姫騎士さまの家来! 姫騎士さま、すごい!」
「そうだね。実際、時空帝は皇后さまのことを自分より遥かにすぐれた真の天才と尊敬していたそうだよ」
「すごい! 姫騎士さま、すごい!」
「もちろん、皇后さまも時空帝を同じように思っていたそうだけどね」
「ねえねえ、姫騎士さまと時空帝さまって、どっちの方が強いの?」
「それは難しい質問だねえ。何せ二人が戦うことなんてないからね。ああ、でも、一度武術大会で戦ったって話があったかしら」
「武術大会! どっちが勝ったの?」
「それはまたのお楽しみにして、今日は違うお話をしようかねえ」
「えー―っ!?」
セリスは頬をふくらませ、大いに不満そうな表情を浮かべた。
「勝負! 勝負! 勝負! 勝負!」
老女が苦笑しながらセリスの頭をなでる。小さなその頭には、かわいらしい猫耳がぴょこんと生えている。
「そんなに姫騎士さまに勝ってほしいかい? でもね、私たちが今こうやって人間たちとなかよく暮らすことができるのも、皇后さまのおかげなんだよ」
「そうなの?」
今にも暴れ出さんばかりの勢いだったセリスが、きょとんとした目で老女を見上げる。
「そうだよ。皇后さまが魔族の中にもやさしい者たちがいると言って、私たちを魔王から助けてくれたんだ」
「セリス、魔族じゃないよ?」
「そうだね、今は私らは獣人って呼ばれているけど、それまでは私らも魔族とひとくくりにされて、全部悪者にされてたんだ」
「何それ、ひっどーい!」
「そうだね、時空帝も昔は魔族は皆殺しにすべきだと考えていたそうだよ」
「時空帝、悪いヤツ!」
「これこれ、そんなことを言っては時空帝さまがかわいそうだよ。とにかく、皇后さまがそういうことを言ってくれたおかげで、今ではいろんな種族がなかよく暮らしているわけだ」
「皇后さま、すごい! 時空帝をやっつけたの?」
「ああ、セリスの中では時空帝さまがすっかり悪者になってしまったねえ。言っておくけど、今私らがこんなに自然に人間たちとうまくやっていけているのは、時空帝さまが領主時代にいろいろと苦労して町づくりをしてくれた結果だからね? 獣人というのも、時空帝さまが考えた呼び方さ」
「へえ! 時空帝、いい人になった!」
「そうだね、時空帝さまはそれはもうおやさしい方だったよ」
「あれ? おばあちゃん、時空帝さまのこと知ってるの?」
「ふふふ、さて、どうだろうねえ。とにかく、皇后さまは戦うだけじゃなくて、どんなことでもこなすお方だったんだよ」
「どんなことでも?」
「そうだよ。事実上の宰相として帝国の黎明期を支えていたしねえ。時空帝はよく周囲にもらしていたそうだよ、皇后さまがその気になれば、帝国はあっという間に皇后さまのものになるってね」
「すごい! 皇后さま、時空帝さまよりすごい!」
「もちろん、皇后さまは時空帝を心の底から愛していたし、彼のためにその才能をすべて注いでいたのだけどね。時空帝がそんな冗談を言えるのも、皇后さまを心底愛して信頼していたからさ」
「へー! 好きな人のためにがんばったの?」
「そういうことだね」
「皇后さま、すごーい!」
セリスが目をきらきらさせる。
そして、急に不機嫌な顔になった。
「おや、どうしたんだい?」
「だって、時空帝って他にもお嫁さんいたんでしょ? 皇后さまは時空帝だけが好きだったのに、何かひどーい」
「おやおや、確かに時空帝には他にもお妃さまがいたけれど、そんなにいいかげんなお方じゃないよ。話を聞けばわかるさ」
「ホント~?」
「本当だとも。それじゃあその話はまた次にでもしようかねえ」
「うん! 約束! セリス、龍姫さまのお話が聞きたい!」
「やっぱりセリスは戦いの話が聞きたいんだね。さて、そろそろごはんの時間だよ。その前に手を洗ってらっしゃい」
「うん!」
勢いよく立ち上がると、セリスはくるりと身をひるがえし、かわいらしいしっぽを嬉しそうにふりふりしながら駆け出していく。
そんなセリスの後姿を、老女は目を細めながら見つめていた。
というわけで、閑話でした。「時空帝」はそのネーミングセンスで正体がバレバレですね。
この話が正史となるかはわかりませんが、正史にするためには主人公たちにもっとがんばってもらわないといけませんね。今後もどうかぜひ彼らを応援してあげてください。
それと、今回から試しに感想の返信も始めたいと思います。これからもよろしくお願いします。