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207 レーナの憂鬱




「はあ……」


 私は、今日何度目かのため息をついた。


 まだ勤務中なのに、仕事が全然手につかない。ここ数日ずっとそうだ。どうしても、あの人のことばかりが脳裏を巡り続ける。


 こんなことではいけない、と頭ではわかっていても、気持ちがついてきてくれない。




 いつかはそんな日が来る。それはわかりきっていたことだ。


 リョータさんは、普通の冒険者ではない。姫騎士様――サラ様とも仲むつまじく、着々と出世もし続けている。そばにはいつもジャネットさんとカナちゃんがいるし、足りないものなどないはずだ。


 そんなリョータさんが、いずれ私など手の届かない存在になってしまうなんてこと、はじめからわかってる。いずれは王女殿下と結ばれるかもしれないようなお方が、いつまでも私などを相手にし続けるはずがない。


 本来なら、もっと早い段階でこうなっていてもおかしくなかったはずなのだ。リョータさんは今や男爵閣下、私のような平民ごときが気軽に声をかけることなどゆるされないご身分の方。今までが異常だったのだ。


 もっと早く身を引いていればよかったのかもしれない。そうすれば、こんなにつらい思いをせずにすんだのだろう。リョータさんの厚意に甘えていつまでも身分をわきまえない振る舞いを続けていた、これはきっとその罰なのだ。


「はあ……」


「レーナちゃん、大丈夫か? さっきからため息ばかりついて」


 窓口に来ていた冒険者の剣士さんが心配そうに私を見つめているのに気づいた。

 慌てて顔を上げると、むりやり笑顔を作る。


「あ、はい! 全然平気ですよ!」


「だといいんだけどな。ここ最近、ずっと元気がないってみんな心配してるぞ」


「そ、そうなんですか? いえ、私は大丈夫です!」


 そんなに表に出ていたのか、私の気持ちは。周りに心配をかけていたことを反省するが、だからといってこの気持ちが収まるものでもない。




 剣士さんの用事を終え、私は再びもの思いにふける。


 そうだ、もう彼のことは忘れるべきだ。リョータさんはこれからさらに位を進め、おそらくはサラ様と結ばれるお方。私なんかが足を引っぱってはいけない。


 うん、これからは身分の差をわきまえて接するようにしよう。もう出発まで顔を合わせることもないかもしれないけれど、もしここに来た時は、貴族の方として応対しなければ。

 呼び方も、これからはちゃんとリョータ様と呼ぼう。いや、男爵閣下や総督閣下とお呼びするべきか。



 そう心に誓おうとした次の瞬間、部屋の入口が開け放たれ、一人の少年が中へと入ってきた。


 心臓が跳ね上がりそうになる。その少年――リョータさんに気づき、入り口付近に座っていたギルドのサブマスターが立ち上がってあいさつをする。


 さっきからあそこに座っていたのは、リョータさんを待っていたからなのか。そういえば、先ほど城から使いがやってきていたが、多分このことを伝えに来たのだろう。


 二人の会話が、こちらにも少し聞こえてくる。


「話は通っていると聞いているが、大丈夫なのだな?」


「はい、殿下より指示は受けております。他の職員の人選についてはすでにある程度候補があがっております」


「うむ、ご苦労」


「いえ、新総督閣下のお力になれるのでしたら、このくらいはお安いご用にございます」


 いつもは滅多に人に頭を下げることのないサブマスターが、リョータさんに平身低頭しながら何ごとかを説明している。やっぱりリョータさんはすごい。


 と、リョータさんがいつものようにこちらへと近づいてきた。


 一歩近づくたびに、顔がほてり、汗がにじむ。


 はっと気づいた私は、胸元のペンダントを服の内側へと押しこんだ。この前のデートでリョータさんからいただいたものだ。


 一見して、大変貴重なものであることがわかる。何でも、ラビーリャで作られた最高品質の品らしい。きっと、私が一生のうちに稼ぐお給料をすべてつぎこんでも到底手に届かないだろう。


 そんなものを普段から身につけるなんて身のほど知らずだとわかってはいるけれど、でも、せっかくリョータさんからいただいた品を押入の奥にしまいこむことなどできはしない。

 リョータさんがぜひ身につけていてほしいと言ってくれていたこともあり、私はこのペンダントをいつもつけていた。


 リョータさんが、目の前にやってくる。


「やあ、レーナ」


「こ、こんばんは、リョータさん」


 思わず視線を下へとそらす。様々な感情が胸の中でごちゃごちゃになって、いったいどんな顔をすればいいのかわからない。


「レーナ、あのペンダントはつけてないのか」


「え、ええ、すみません。私がつけるにはあまりにも身のほど知らずな品でしたので……」


 とっさの嘘に、胸の奥がぎゅっと痛む。ごめんなさい、本当はいつもここに、肌身離さずつけているんです。


「すまんな、気に入らなかったか。つまらないものを渡してしまって申しわけない」


 リョータさんの表情が少し沈む。あまりの罪悪感に、どうしようもなくのどが詰まる。


「そ、そんなこと……」


「気にするな、また他のものを用意する」


 そうじゃない、と叫ぼうとしたが、リョータさんがそれをさえぎるように言った。


「ところでレーナ、お前に少し話があるのだが」


「話……ですか?」


「ああ、とても重要な話だ」


 いったい何の話だろう。混乱した頭のまま黙っていると、リョータさんが続けた。


「俺が今度総督として南方へ向かうという話はこの前したな?」


「はい」


「うむ。俺はイアタークという町に総督府を置くことになるのだが、町にはそれ以外にもいろいろと必要でな。軍の施設やら、商業施設やら、それはもういろいろだ」


 リョータさんがまっすぐ私の顔を見る。恥ずかしくて、顔から火を噴きそうだ。


「もちろん、冒険者ギルドもそのひとつだ。イアタークにもギルドを置こうと考えている」


「はい」


「そうなると、当然ながらギルドの責任者とその運営スタッフが必要となる。まあ、はじめはそんな大きな組織にはならんだろうがな」


「はあ」


 私は思わず間抜けな返事をした。話がまったく見えてこない。


 おそらく、私の顔に出ていたのだろう。リョータさんが頭をかきながら言う。


「ああ、すまん。要領を得なかったな。実は、今日はお前に頼みごとがあってここへと足を運んだのだ」


「私に頼みごと……ですか?」


 首をかしげる私に、リョータさんがうなずく。


 そして、私へと真剣なまなざしを向けてきた。もう忘れようと思っていたのに、音が聞こえてしまいそうなほど暴れ出す自分の心臓がうらめしい。


 ひとつ息を吸うと、リョータさんは私に向かって決意に満ちた表情で言った。


「頼む、レーナ。お前に、イアタークに新設する冒険者ギルドの初代ギルドマスターになってもらいたい」


 しばしの沈黙。


 そして。


「え、えええ――――ッ!?」


 部屋中に、私の絶叫がこだました。





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