206 組織というもの
「というわけだったんだ」
「そんなことがあったのか。そのガイという男もとんだ災難だったな」
サラが笑う。
俺は、いつものように城の一室で仕事をしながら、サラにこの前の親衛隊との一件を話していた。
「まあ、自業自得ではあるがな。そうか、ジャネットもいつの間にか力をつけていたのだな」
「あいつも今ならお前に勝てるかもしれないと言っていたぞ」
「考えてみれば、私はまだジャネットと剣を交えたことはなかったな。今度一度手合わせ願おうか」
「そうしてやってくれ。そろそろ俺も、あいつの稽古につき合うのは限界なものでな」
俺の言葉を冗談と受け取ったのか、サラが愉快そうに笑う。
とんでもない、俺は本心から言っているのだ。このままでは、俺もいつガイのようになるかと気が気でない。
「しかしリョータ、すでにそんなものをつくり始めていたのだな。組織づくりというものもなかなかに大変なものだろう?」
「ああ、お前の苦労が少しわかった気がするよ」
「それは結構なことだ」
書類に目を通しながら、サラが満足そうにうなずく。
まったく、本当に大変だ。ほんの数人集めただけであの騒ぎなのだからな。
「お前のことだ、うまくやれるさ。今度私にも紹介してほしいものだな」
「嫌でも顔を合わせることになるさ。実は、すでにお前があいつらの稽古をつけてくれると言ってしまっている」
「こいつ、総督の件の仕返しか? 望むところだ、みっちりと鍛えてやるとしよう」
「それは助かる。あいつらも姫騎士様に稽古してもらえると士気が上がっていたところだしな」
とりあえず、あいつらとの約束は破らずにすみそうだ。
「ところで、イアタークへの移住の件はどうなっている?」
「ああ、順調に進んでいるぞ。先日もイアタークへ向けて移住希望者が出発したところだ」
「ほう」
「それと、マクストンからも獣人が移動を始めたそうだぞ。すでにイアタークに到着しているグスタフが、マクストンとの新国境まで迎えに行く」
「あの男か」
「そうだ。彼にまかせておけば間違いはない。イアタークの方もシモンがあれこれと働いてくれている」
「さすがは副団長殿だな」
「ああ。おかげでイアタークの畑は荒れず、町の治安もまずまずなのだそうだ。まあ、騎士団の連中はすっかり畑仕事が板についてしまったようだがな」
「シモンには意外とお似合いかもしれんぞ」
「ふふっ、確かに」
俺たちは顔を見合わせながら笑う。
シモンがシャツにハチマキでくわを振りかぶっている姿が思い浮かぶ。確かに人のよさそうな百姓に見えるな、あいつなら。
「しかしシモンといい、グスタフといい、お前のまわりにはよく働く奴ばかりが集まるな」
「ああ、まったくだ。私の自慢の部下たちだ。おっと、シモンは直接の部下ではなかったな」
「似たようなものだろう」
「だが、我がミルネは本当に人材が豊富だ。おかげで私も安心して仕事をまかせられる。私一人では、どれほどのこともできはしないからな」
「そうか? お前がいれば、大抵のことはうまくまわると思うが」
「お前もじきにわかるさ。自分一人では、やれることなど限られているということが」
「そういうものかな」
正直、俺には関係ない話だと思うがな。
何といっても、俺には転移魔法がある。イアタークで魔族を追い払った次の瞬間にはどら息子どものしつけに王都に舞い戻ることもできるしな。
サラも、俺の表情に気づいたようだ。
「まあ、お前にはぴんとこないかもしれんな。お前は一人で何でもやれてしまう」
「何でもということはないが、ぴんとはこないな。それこそお前なら一人で何でもできそうだ」
「それは買いかぶりというものさ」
そう笑うと、手元の茶を口にする。お前の俺に対する評価ほどではないと思うがな。
「ところで」
サラが書類から顔を上げて話しかけてくる。
「うむ、何だ?」
「例の件、話を通しておいたぞ。後はお前が話を持っていくだけだ」
「おお、そうか。連中、素直に聞き入れてくれたのか?」
「特に反対などはなかった。するわけがないさ、上層部の連中にイアタークに行きたい奴など皆無だからな。他の人間が行ってくれるというなら、喜んで準備するさ」
「それはよかった。ごねられたらどうしようかと思っていたぞ」
「私としても、気心の知れた人間が来てくれた方が何かとやりやすいしな。いつ話にいくつもりだ?」
「そうだな、では今日にでも行くことにしよう」
「それはまた早いな。結構なことだ」
「そうと決まれば、早く仕事を片づけないとな」
「では、私も少し急ぐとしようか」
サラが再び書類へと視線を落とす。俺も仕事に集中することにした。
あいつが無事に引き受けてくれるといいのだがな。どれ、俺も気合を入れて交渉に臨むとするか。